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略歴

1930年5月31日、アメリカ・サンフランシスコ生まれ。高校卒業後に兵役を経てロサンゼルス市立大学に入学。専攻の経営学と並行してドラマの講義を受講する。ユニバーサルのテストに合格して55年の「半魚人の逆襲」でデビュー。テレビ西部劇『ローハイド』(59~66)で人気に。64年にイタリアへ渡り、「荒野の用心棒」他のマカロニ・ウェスタンで世界的スターとなる。帰国すると製作会社マルパソを設立。「ダーティハリー」(71)などのヒットで不動の地位を築いた。「恐怖のメロディ」(71)からは監督業にも進出。「許されざる者」(92)他で2度のアカデミー賞監督賞に輝くなど、映画監督・俳優として80歳を過ぎた現在もなお活躍が続く。

ここがすごい!

若い映画ファンには馴染みが薄いかもしれないが、かつては西部劇やアクション映画で活躍するスターだった。その後の刑事アクションに大きな影響を与えた代表作「ダーティハリー」を始め、悪を容赦なく叩き潰す無骨なタフガイのイメージが強い。90年代に入ると年齢の問題もあってアクションには出演しなくなる代わりに、既成のイメージを逆手に取った“昔気質の頑固オヤジ”的キャラクターに移行。これが功を奏して、円熟味を増した演技が評価されるようになり、これまでにアカデミー賞主演男優賞に2度ノミネートされている。また、自分の子どもとの共演も多く、男臭いイメージからはかけ離れた子煩悩な一面も。

これは必見 KINENOTEおすすめの3本
  • グラン・トリノ
  • イーストウッドが演じるのは、自分だけの正義を持ち、その頑固さゆえに周囲から嫌われ、孤独に生きる老人。その姿には、彼がかつてアクション映画で演じたキャラクターのイメージが重なり、物語の深みが増した。
  • レビューから
  • クリント•イーストウッドの頑固な役が大好きです。 ライフルを構える姿がカッコいい。暴力の連鎖を止めるには、筋を通すとはどういうことか考えさせられました。
  • 許されざる者(1992)
  • イーストウッドが挑んだ“最後の西部劇”。かつてのような颯爽とした姿ではなく、自分が役に相応しい年齢になるまで待ち、満足に馬にも乗れなくなった老ガンマンを熱演。初のアカデミー賞主演男優賞候補に。
  • レビューから
  • 死に別れた妻への想い、娼婦たちの無念、保安官と名ばかりのならず者たちへの怒り、人を撃つなりの理由を消化した上での裁きの決闘は、ダーティハリーを彷彿させ上回ってたと個人的に感じました。
  • ダーティハリー
  • 自らの正義を貫くため、44マグナムを手に型破りな捜査を行なうハリー・キャラハン刑事は、イーストウッドのイメージを決定づけたキャラクター。連続殺人鬼を黙々と追い詰めてゆくその姿には、自信と力強さが漲る。
  • レビューから
  • 最初のアクションでホットドッグを齧りながら銀行強盗グループを一網打尽にし犯人の一人に44マグナムを突きつけるまでの所要時間は1分足らず。ハリーが只者ではないことを一気に印象付けている

略歴

1930年3月24日、アメリカ・インディアナ州生まれ。生後すぐに父親が失踪するなど不遇な少年時代を経て海兵隊や様々な職業を転々とした後、演技の道へ。55年にアクターズ・スタジオに入学。56年に「傷だらけの栄光」で映画デビュー。58年から始まったテレビ西部劇『拳銃無宿』の主演で人気を得る。これをきっかけに「荒野の七人」(60)、「大脱走」(63)などに出演して映画スターとしての地位を確立。66年には「砲艦サンパブロ」でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。結婚は生涯に3度。「ゲッタウェイ」(72)で共演したアリ・マッグローと二度目の結婚をして子どもも生まれたが後に離婚。80年、肺がんのために亡くなった。享年50。

ここがすごい!

自らバイクや自動車のハンドルを握るほどのスピード狂。「大脱走」では有刺鉄線をバイクで飛び越える場面こそスタントを使ったものの、顔が見えないところで自らドイツ兵に扮してバイクを走らせた。カーアクションの草分けとなった「ブリット」(68)では、自らの運転で高速カーチェイスを撮影。71年の「栄光のル・マン」は、実際のレース風景を交えて、セミドキュメンタリータッチで製作されている。アクションに情熱を注ぐ一方で、犯罪サスペンス「華麗なる賭け」(68)、実話を元に脱獄に執念を燃やす男を演じた「パピヨン」(73)などに出演。優等生ではない“反逆のヒーロー”として印象を残した。

これは必見 KINENOTEおすすめの3本
  • 大脱走
  • ドイツ軍捕虜収容所から集団脱走する物語だが、マックイーン演じるヒルツは、単独での脱走に挑戦する一匹狼として登場。捕虜にもかかわらず余裕の態度を見せるそのキャラクターが、作品全体にユーモアを与えている。
  • レビューから
  • 目の前に広がるアルプスを背景に、バイクで疾走するスティーヴ・マックイーンに改めて感動した。
  • 荒野の七人
  • ユル・ブリンナー演じるリーダー、クリスの仲間になる若いガンマンのヴィン役。当時まだ売出し中の若手だったマックイーンは、何とか目立とうと、セリフのない場面でも帽子をいじるなど、細かい芝居を挟んでいる。
  • レビューから
  • 当時はまだスティーヴ・マックイーンもチャールズ・ブロンソンも有名になる前だったということですが、今こうやって見返すと、やはりスター性があるなぁと感心しました。
  • ゲッタウェイ(1972)
  • 刑務所からの出所と引き換えに銀行強盗を実行したものの、奪った金を持ったまま妻と一緒に逃避行の旅に出る犯罪者を颯爽と演じる。共演したアリ・マッグローは当時既婚者だったが、本作が縁で略奪婚という結果に。
  • レビューから
  • マックイーンのガンアクションは秀逸で、サム・ペキンパー監督のスローモーションを駆使した迫力あるアクションシーンとも相まって、彼の野性味溢れる魅力が存分に詰まった作品になっていると思います。

略歴

1940年4月25日生まれ。アメリカ・ニューヨークでシチリア移民の子として生まれ、子どもの頃から演劇に興味を抱く。高校を中退すると仕事を転々とした後、2度の受験を経てメソッド演技で有名な演劇学校アクターズ・スタジオに入学。舞台を経て、69年の「ナタリーの朝」でスクリーンデビュー。72年に「ゴッドファーザー」でアカデミー賞助演男優賞にノミネート。以後4年連続でオスカー候補となり、たちまち大スターに。人気、実力ともに申し分ないもののアカデミー賞には縁がなく、ノミネート止まりだったが、92年の「セント・オブ・ウーマン 夢の香り」で主演男優賞を初受賞した。

ここがすごい!

名門アクターズ・スタジオ仕込みの演技力を武器に、イタリア系のスターとして地位を築き上げた。両親が移民で苦労して育ったせいか、クールなタイプよりも情熱や野心を前面に押し出す役柄がハマる。「ゴッドファーザー」を始め「ヒート」(95)、「インサイダー」(99)など、男同士のぶつかり合いで魅せるドラマが多いのも特徴。また、シェイクスピア愛好家としても知られ、舞台に加えて「ヴェニスの商人」(04)に主演。『リチャード三世』を題材にしたドキュメンタリー「リチャードを探して」(96)では、自ら監督にも挑戦している。結婚歴はないが、過去にマルト・ケラーやダイアン・キートンなどとの交際でも話題を集めた。

これは必見 KINENOTEおすすめの3本
  • セント・オブ・ウーマン 夢の香り
  • 人間嫌いな盲目の退役軍人を演じて悲願のアカデミー賞主演男優賞を受賞。瞼も瞳も微動だにしない演技だけでも見事だが、その状態でタンゴを踊る場面の素晴らしいこと。ラストの演説も、パチーノならではの迫力。
  • レビューから
  • とにかくアル・パチーノの演技に引き込まれる引き込まれる。あの演説のシーンの力強さたるや、まさしくこれが役者だと。己の演技のみでここまで魅せる役者もそうはいない。そりゃオスカーを獲って当たり前。
  • ゴッドファーザー
  • 映画会社の反対を押し切って起用したコッポラ監督の期待に応え、マフィアの血筋を嫌い、葛藤しながらも父親の後を継ぐことになるコルレオーネ家の三男マイケルを熱演。立場とともに少しずつ変わってゆく表情に注目。
  • レビューから
  • 前半、マーロンブランドの存在感とかすれ声が強烈に渋すぎるので、すっかり存在感が薄れているアル・パチーノだけど、後半、ボスが交代してからは急に存在感がでてくる。若々しくてかっこいいアル・パチーノが後半は強烈な印象を与える。
  • スカーフェイス
  • キューバからアメリカに入国し、麻薬ビジネスでのし上がってゆくギャング、トニー・モンタナを演じた。キューバ訛りの英語を習得し、“Fワード”を連発するハイテンションな演技は「ゴッドファーザー」とは対照的。
  • レビューから
  • アル・パチーノといえば、シェパード犬のような鋭さが持ち味だが、今作ではトニー・モンタナの、「どこまでもしぶとく、どこまでもふてぶてしく、そして噛み付いたら死ぬまで放さない」という役柄を見事に演じきっている。

略歴

1943年8月17日生まれ。アメリカ・ニューヨーク出身。両親は画家だったが、2歳の時に離婚。母親の下で育つ。やがて演劇に興味を抱き、10歳の頃から母の勧めもあり、演劇学校に通い始める。高校を中退した後、アクターズ・スタジオに参加してメソッド演技を学ぶ。舞台で経験を積み、1960年代末からブライアン・デ・パルマなどと組んで映画に出演し始める。マーティン・スコセッシ監督「ミーン・ストリート」(73)で注目され、続いて出演した「ゴッドファーザーPART II」(74)でアカデミー賞助演男優賞を受賞。さらに、主演作「タクシードライバー」(76)がカンヌ国際映画祭パルム・ドールに輝くなど、たちまち演技派スターとしての地位を確立。以後は主演、助演を問わず幅広い作品で活躍を続けている。

ここがすごい!

“デ・ニーロ・アプローチ”と呼ばれる徹底した役作りが最大の特徴。内面から役になり切る“メソッド演技”をさらに追及、役に合わせて体重を増減させたり、髪を抜いたりと、容姿まで含めた役作りは他の追随を許さない。もちろん、外見だけのモノマネでないことは、アカデミー賞ノミネート7回、うち受賞2回という結果が示している。また、マーティン・スコセッシ監督との名コンビも有名。同じニューヨーク出身のイタリア系アメリカ人という共通項もあり、スコセッシによると“言葉にしなくても理解し合える”関係だという。既出以外でも「グッドフェローズ」(90)や「ケープ・フィアー」(91)などが2人のコンビ作として挙げられる。

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  • レイジング・ブル
  • 実在のボクサー、ジェイク・ラモッタの現役時代と引退後を演じるために、体重を20キロ以上も増量。1本の映画で別人のような姿を披露している。内面が滲み出す演技も見事で、アカデミー賞主演男優賞を受賞した。
  • レビューから
  • ボクサーのときは最後までダウンせずに引退した彼が、ボクサーを引退してからは評価してくれる人もいなくなってダウンしっぱなしの人生を送る。栄光と堕落、そのすべてを表現したデ・ニーロの演技がこの映画のテーマをすべて表してる!
  • タクシードライバー
  • 不眠症からタクシー運転手として働き始めた孤独な青年トラヴィス・ビックルを演じるに当たって、デ・ニーロは実際にタクシーの免許を取得。他の仕事の合間を縫って、週末ごとにタクシーで街中を走り回ったという。
  • レビューから
  • 若いデ・ニーロのやわらかさが良い。ちゃんと火が通っていないレアな感じ。そこから漂う甘やかさと危うさ。若草のような爽やかさとヌメヌメしたしつこさの境目に立っている不安定な感じがたまらん。
  • ゴッドファーザーPARTII
  • デ・ニーロが演じたのは、主人公マイケルの父ヴィトーの若い頃。シチリアから渡米し、一代でファミリーを築いた人物になり切るため、出身地の言葉を完璧にマスター。更に、現地を訪れて歴史や風土を学んだという。
  • レビューから
  • あえてビトーの若かりし頃を描くところにコッポラのセンスが光る。そしてデ・ニーロがしっかりそれに応え、素晴らしい存在感を見せている。彼じゃないと成り立たないのではと思わせてくれるほどのハマリっぷり。

略歴

1925年1月26日、アメリカ・オハイオ州で、スポーツ用品店を経営する裕福な家庭に生まれる。オハイオ大学在学中、海軍に招集されて第二次世界大戦に従軍。終戦後はケニオン大学でフットボール部に所属したが、ケンカ騒動に巻き込まれて退部したことをきっかけに、演劇の道へ。やがてニューヨークのアクターズ・スタジオで学び、54年に「銀の盃」で映画デビュー。続いて初主演した「傷だらけの栄光」(56)が好評を博し、スターへの階段を上り始める。「熱いトタン屋根の猫」(58)以降、アカデミー賞主演男優賞に繰り返しノミネートされ、7度目となった「ハスラー2」(86)で念願の初受賞。プライベートでは58年に女優のジョアン・ウッドワードと再婚。彼が亡くなる(08)まで、おしどり夫婦として知られた。

ここがすごい!

アクターズ・スタジオ仕込みの演技力と朗らかな人柄で誰からも好かれたポール・ニューマンは、役者として超一流なだけではなく、他にも様々な顔を持っていた。元々、自動車好きだったニューマンは、愛妻ジョアンとの共演でレース映画「レーサー」(69)を撮るが、これがきっかけとなり、本格的にカーレースにのめり込む。72年に47歳でプロデビューすると、6年後にはル・マン24時間耐久レースに初参加。2位入賞という好成績を上げた。また、57歳の時には食品会社“ニューマンズ・オウン”を設立。こちらの事業も成功して莫大な利益を生むが、そのすべてを慈善事業に寄付するなど、チャリティー活動にも積極的に取り組んだ。

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  • スティング
  • 仲間を殺した犯罪組織への復讐にいきり立つ若い詐欺師フッカーをなだめつつ、余裕の態度で計画を着々と進めてゆく大物詐欺師ゴンドルフを演じている。2度目の共演となるロバート・レッドフォードとは息もピッタリ。
  • レビューから
  • 結末が分かっていても、何度観ても面白い、正真正銘傑作と言える数少ない作品。「明日に向かって撃て!」ではレッドフォードに一歩譲っていた感じもあるP・ニューマンが今作では最高!
  • 明日に向って撃て!
  • 西部開拓時代に実在した2人組の強盗役でロバート・レッドフォードと共演。対照的な人物を演じる2人の掛け合いが絶妙。主題歌『雨にぬれても』をバックにヒロインのエッタを自転車に乗せて走る場面も忘れ難い。
  • レビューから
  • すでに大スターであったポール・ニューマン主演ということで、アメリカン・ニューシネマの流れが本流になった感があった。
  • ハスラー
  • 当時30代のニューマンが血気盛んな勝負師エディを熱演し、2度目のオスカー候補に。同時に候補になった共演者3人との息詰まる演技合戦は見もの。自宅にビリヤード台を置いて練習したというキュー捌きにも注目。
  • レビューから
  • 彼はスターだ。どんな映画でも甘いマスクで周りを吸収し尽くす。スティングでもそうだったけど、軽い男を演じてるのに渋さも残してる。かっこいいおっさんだ。

略歴

1930年8月25日生まれ。スコットランド・エジンバラ出身。トラック運転手の父を持ち、13歳から牛乳配達などをして働き始める。職を転々としながら肉体労働で鍛えた身体を生かして、ボディビルダーとして活躍。その縁で舞台に立つようになったことから、ロンドンで本格的に演技を学ぶ。54年に映画初出演。その後も下積みが続いたが、「007は殺しの番号(007/ドクター・ノオ)」(62)のジェームズ・ボンド役に大抜擢され、世界的に人気を得る。第7作「007/ダイヤモンドは永遠に」(71)を最後に降板した後は、お客を呼べるスターとして「オリエント急行殺人事件」(74)や、「風とライオン」(75)など多数の作品に出演。87年の「アンタッチャブル」でアカデミー賞助演男優賞を受賞した。06年に引退を宣言。

ここがすごい!

映画スター、ショーン・コネリーは、「007/ドクター・ノオ」(62)のテレンス・ヤング監督が生んだと言っても過言ではない。当初は起用に反対する声もあったが、その素質を見抜いたヤングが振る舞い方や衣服について丁寧に指導。周囲が“ボンドはヤング”と語るほど、監督の個性が反映されたキャラクターを自分のモノにしていった。ボンド降板後はイメージ脱却を狙い、髭を生やして「風とライオン」(75)、「ロビンとマリアン」(76)などに出演。色気は保ちつつも年齢とともに風格が増し、「薔薇の名前」(86)の修道僧や「レッド・オクトーバーを追え!」(90)の潜水艦艦長など、次第に貫禄ある役が似合うようになった。

これは必見 KINENOTEおすすめの3本
  • アンタッチャブル
  • アル・カポネに立ち向かう捜査官エリオット・ネスの仲間となる警官ジミー・マローン役。4人のメンバーのうち最年長で、度胸とユーモアのある父親のような人物を落ち着いて演じ、アカデミー賞助演男優賞を受賞した。
  • レビューから
  • デ・ニーロの悪漢アル・カポネにゾクゾク。ふてぶてしくて憎たらしいほどだけどカッコイイ。乳母車が階段を落ちていくシーンは何度見てもハラハラ。そしてやっぱりショーン・コネリーは最高。
  • 007/危機一発
  • シリーズの中でも高い人気を誇る第2作。前作のヒットを受けて予算も倍増。美しいボンドガール、秘密道具内蔵のアタッシュケース、オリエント急行を舞台にした死闘など、ジェームズ・ボンドの魅力が堪能できる。
  • レビューから
  • ストーリーもおおざっぱで分かりやすく、ボンドも分かりやすくカッコイイ。ショーン・コネリーの色男っぷりが素晴らしく、ボンドガールも分かりやすい美女ばかりでいい時代だったんですね。。
  • インディ・ジョーンズ 最後の聖戦
  • 主人公インディ・ジョーンズの父ヘンリー役で出演。冒険家の息子と学者肌の父の噛み合わないやり取りをコミカルに演じている。なお、親子役ではあるものの、ハリソン・フォードとコネリーの歳の差は12しかない。
  • レビューから
  • 何と言ってもショーン・コネリー。すっとぼけた親父役が最高。いつもの役柄とは随分違うが、これが凄くハマって笑える。インディとのズレた掛け合いが面白い。何回観ても楽しめる。

略歴

1899年5月10日生まれ。アメリカ・ネブラスカ州出身。5歳から姉とともにダンスを習い始め、全米巡業を開始すると姉弟コンビで人気に。姉の結婚引退後、33年に「ダンシング・レディ」で映画初出演。続く「空中レヴュー時代」(33)でジンジャー・ロジャースとの名コンビが誕生。息の合った華麗なダンスを売りに、39年の「カッスル夫妻」まで9本のコンビ作を送り出した。以後も数々のスターと共演し、「ブロードウェイのバークレー夫妻」(49)ではジンジャー・ロジャースとの再共演も実現。年齢を重ねた後は、オードリー・ヘップバーンと共演した「パリの恋人」(57)などで変わらぬダンスを披露する一方、ドラマ作品にも出演。「タワーリング・インフェルノ」(74)ではアカデミー賞助演男優賞候補となった。1987年死去。

ここがすごい!

1927年の「ジャズ・シンガー」によって音声がついたトーキー映画の歴史が幕を開けるが、それによって誕生したのがミュージカル映画だった。それ以前はダンサーの活躍の場は舞台が中心で、30年代に入って突然スクリーンに登場したアステアも、その時点で既にキャリア20年近い一流ダンサー。軽やかで洗練されたダンスに当時の観客が驚いたのも無理はないが、今なおその魅力は少しも衰えていない。だが、その華麗なパフォーマンスも、舞台裏での厳しい練習があればこそ。ジンジャー・ロジャースはその様子を“彼は完璧主義者だったので、常に言い争いが絶えなかった”と語り、巷では2人の不仲説が囁かれるほどだった。

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  • タワーリング・インフェルノ
  • 高層ビル火災を描いたパニック映画で、老詐欺師を演じた。落成式のパーティーに訪れた富豪の未亡人相手に一儲け企むが……。錚々たる出演者の中でただ1人、アカデミー賞候補となった75歳のアステアが泣かせる。
  • レビューから
  • 他の俳優陣もそれぞれに良い感じで、なかなかに味わい深かった。 しかし、一番はフレッド・アステアだ。最後の、猫を抱いた時の表情は、素晴らしい。じわっと泣けてしまった。
  • バンド・ワゴン(1953)
  • 映画出演以前、舞台で人気を集めていたアステアと姉のコンビによる最後の公演を下敷きにしたミュージカル。落ち目のダンサーと新進バレリーナの恋物語だが、当時54歳にしてこのダンスのキレには驚くほかない。
  • レビューから
  • アステアのベストといえばジンジャー・ロジャースと組んだマーク・サンドリッチの「踊らん哉」や「トップ・ハット」を挙げるかも知れませんが、アーサー・フリードのMGMミュージカルでベストといえば迷わずこの「バンド・ワゴン」を挙げます。
  • コンチネンタル
  • ミュージカル映画史上に名を残すアステア&ジンジャー・ロジャースコンビ初の主演作。アメリカ人ダンサーが離婚係争中の女性に一目惚れしたことから騒動が巻き起こる。ダンスはオーケストラの生演奏に合わせて撮影された。
  • レビューから
  • アステア&ロジャースのダンスはまさに至宝。ずっと見ていたい。何て幸せな時間だろう。

略歴

1954年4月7日、香港生まれ。7歳で全寮制の中国戯劇学院に入学。10年に渡って京劇の基礎を徹底的に学ぶ。厳しい寮生活の中、8歳で映画初出演。やがて実力が認められ、「少林寺木人拳」(76)、「蛇鶴八拳」(77)などクンフー映画に主演するようになる。コメディ要素を取り入れた「スネーキーモンキー 蛇拳」(78)、「ドランクモンキー 酔拳」(78)の大ヒットによりスターの座に就くと、「クレージーモンキー 笑拳」(79)で初監督を務める。以後も続々と主演作が生まれ、「バトルクリーク・ブロー」(80)でアメリカ進出に挑戦。これは失敗に終わったものの、95年の「レッド・ブロンクス」で再進出に成功。クリス・タッカー共演の「ラッシュアワー」(98)がシリーズ化されるなど、世界的スターとなった。

ここがすごい!

スタントを使わず、身体を張ったアクションで世界を驚嘆させたアジアの大スター。当初は急死したブルース・リーの後継者を期待されながらも、クンフー映画のジャンルに“笑い”の要素を持ち込み、独自の地位を確立。次第にアクロバティックなアクションに発展し、命懸けとも言える難易度の高さは他を圧倒するようになった。人目を引く派手なアクションの裏には、喜劇を始めとしたハリウッドの名作映画に対する愛情も滲む。「プロジェクトA」(83)の時計塔からの転落シーンがハロルド・ロイドの「用心無用」(23)からの引用である他、バスター・キートンやチャップリンの影響が随所に垣間見え、喜劇映画の伝統を継承する一面も持っている。

これは必見 KINENOTEおすすめの3本
  • 酔拳2
  • 「ドランクモンキー 酔拳」の16年ぶりの続編。ジャッキーは前作同様、歴史上の英雄ウォン・フェイフォン役で酔拳を披露するが、それまで積み重ねてきた技術の向上も加わり、アクションはよりパワフルになった。
  • レビューから
  • 酔拳から20年くらいたってるのかな。すごい、ジャッキーが動き回っている。アクションもバリバリこなして、危ないシーンもなんのその。いつもと内容的には変わらないけど、流石はジャッキー!!
  • ポリス・ストーリー 香港国際警察
  • 麻薬組織と戦う刑事役で、走行中のバスを追跡する冒頭からショッピングモールを舞台にしたクライマックスまで、高難度のアクションに挑戦。ジャッキー本人も“僕は全く新しいレベルに到達した”と本作を評している。
  • レビューから
  • 彼の代名詞はアクション。そのアクションは体当たり、ウソが無い。窓から落下なんて当たり前、ショッピングセンターでは吹き抜けの電飾を破壊しながらポールに捕まって急降下、バスを追いかけてジャンプ、傘の柄を後ろの窓に引っ掛けて飛び乗り…と、とにかく目を見張る。
  • プロジェクトA
  • 修業時代に苦楽を共にしたユン・ピョウ、サモ・ハンとのトリプル主演を実現させた大作。ジャッキー扮する水上警察官が海賊と戦う。有名な時計塔からの転落場面では、必要なショットを撮るために3回飛び降りている。
  • レビューから
  • 今観直してもたいして面白くないかもなと思っていたのですが…そんなことはない、めちゃくちゃ面白かったです!CGに慣れた目になんと生身のアクションの迫力が新鮮に響くことでしょうか!

略歴

1935年11月8日、フランス・パリ近郊生まれ。父が早くに亡くなったことから、寄宿学校を転々として17歳で海兵隊に入隊。第一次インドシナ戦争に従軍する。除隊後に訪れたカンヌ国際映画祭でデヴィッド・O・セルズニックにスカウトされるが、この契約はまとまらず、フランス映画「女が事件にからむ時」(56)でデビュー。60年の「太陽がいっぱい」で、富豪の友人を殺害して成り変わろうとする主人公を演じて世界的にブレイク。64年にハリウッドへ渡ったものの、大きな成果もなく帰国すると、フランス映画界に復帰。その人生には、ロミー・シュナイダーとの婚約解消、妻ナタリーとの離婚、ボディガード殺害容疑で取り調べを受けるなど、スキャンダルがついて回ったが、逞しく乗り越えて活躍。

ここがすごい!

並み居るハリウッドスターを向こうに回して、60~70年代前半に日本でも絶大な人気を誇ったフランスの大スター。その最大の魅力は、二枚目でありながら甘いラブストーリーよりも犯罪映画の方が似合う、危険な香り漂う陰のあるキャラクターだろう。デビュー直後こそ、コメディやロマンスものに出演したが、「太陽がいっぱい」以降は「地下室のメロディー」(63)、「危険がいっぱい」(64)といった犯罪映画で野心的な若者を演じて印象を強めてゆく。30代も半ばを過ぎた頃からは、「サムライ」(67)、「ボルサリーノ」(70)など暗黒街を舞台にした作品で、トレンチコートが似合うダンディズムを身に付けていった。

これは必見 KINENOTEおすすめの3本
  • 地下室のメロディー
  • 当時20代のドロンが芸歴30年を越える名優ジャン・ギャバンと共演した犯罪サスペンス。刑務所で出会った老ギャングと野心的な若者がカジノからの現金強奪に挑む。2人のキャラクターの対比がドラマを盛り上げる。
  • レビューから
  • この頃のドロンは、「イケメン」なんていう生易しいものでなく、男が見ても美しい!
  • 太陽がいっぱい
  • ルネ・クレマン監督の緻密な演出、陽光眩しい地中海の風景を捉えた映像、ニーノ・ロータの哀感漂うテーマ曲。その全てが、暗い野心を抱き、富豪の友人を殺害して成り変わろうとする主人公を演じるドロンの魅力を引き出した。
  • レビューから
  • アラン・ドロンがこの映画の魅力だ。ドロンのセクシーな体と強気な目の中に揺れる恐怖にぞくぞくするだろう。
  • 冒険者たち(1967)
  • 海底の財宝を引き上げようとした2人の男と1人の女の夢の顛末を描く冒険物語。飛行機を操縦して颯爽と現れるドロンだが、海が舞台の中盤では髭を伸ばしてワイルドに、哀愁漂う終盤はスーツ&サングラスに変化する。
  • レビューから
  • この映画より後の彼は、全く違う。「サムライ」、「さらば友よ」、「太陽が知っている」、「ジェフ」、「シシリアン」と比較するとよく判る。そこには単に演じるキャラクターや設定が違うだけというものを超えている。 明らかに、アラン・ドロンの人生に何かがあったことをうかがわせる。

略歴

1904年1月18日~1986年11月29日没。 イギリス・ブリストル生まれ。14歳で学校を放校処分になると、アクロバットの一座に加わり、20年に渡米。俳優志望の彼はそのまま米国に残り、ブロードウェイの舞台などで経験を積む。31年にハリウッドへ進出し、「その夜」(32)で長編映画デビュー。洗練された振る舞いやユーモア溢れる二枚目半のキャラクターで人気を集め、「ヒズ・ガール・フライデー」(40)や「フィラデルフィア物語」(40)などのコメディで活躍した。「愛のアルバム」(41)と「孤独な心」(44)で2度、アカデミー賞主演男優賞候補となるが、53年に引退を宣言。その後、アルフレッド・ヒッチコックの説得によりこれを撤回。「泥棒成金」(55)、「北北西に進路を取れ」(59)などに出演した。

ここがすごい!

洗練された紳士的な振る舞いとユーモア溢れるキャラクターが持ち味で、ニューシネマ以前のハリウッドを象徴するスター。007の生みの親イアン・フレミングは、彼をモデルにジェームズ・ボンドを創造したと言われる。(実際、映画化の際にボンド役のオファーを受けたものの、断っている。)その個性が広く愛され、30年余りのキャリアの中で様々な監督と組んだが、特にハワード・ホークスのスクリューボール・コメディや、アルフレッド・ヒッチコックのサスペンスに代表作が多い。また、「素晴らしき休日」(38)や「フィラデルフィア物語」(40)など、キャサリン・ヘップバーンとの共演作にも印象に残るものが多い。

これは必見 KINENOTEおすすめの3本
  • 北北西に進路を取れ
  • ヒッチコックと組んだ最後の作品。典型的な“巻き込まれ型サスペンス”で、理由も分からぬままに別人と間違えられ、謎の男たちから命を狙われる主人公を演じている。彼のユーモアが、物語の緊張感を程よく和らげる。
  • レビューから
  • ヒッチコック監督のサスペンス。ロマンス、謎解き、逃亡…いろんな要素が詰まっていて二時間があっという間!上質なエンターテイメント。 ケイリー・グラントのダンディズムとエヴァ・マリー・セイントの美しさ。大好きな映画。
  • めぐり逢い(1957)
  • 船上で出会い、再会を誓いながら別れた男女のすれ違いを描いたメロドラマ。ラブストーリーでは比較的印象の薄いケイリー・グラントだが、紳士的な振る舞いやユーモアセンスを生かして、男性主人公を好演している。
  • レビューから
  • ケイリー・グラントが女性にモテモテの役。彼は濃いぃ顔なんだけど、なんとなくおちゃめでモテモテって言われても嫌味がなくて納得してしまう。
  • 赤ちゃん教育
  • ハワード・ホークス監督と初顔合わせとなったスクリューボール・コメディ。キャサリン・ヘップバーンとは過去にも共演しており、“ベイビー”という名の豹を巡って騒動が巻き起こる中、息の合った掛け合いを見せる。
  • レビューから
  • いつもグラントの役は自分勝手で女を振り回す側にあった。そのグラントが逆に真面目な学者を演じて振り回される役を演じているところにもスクリューボール・コメディの映画を見てきた人々にとってはクスリと笑ってしまうことだろう。

略歴

1908年5月20日~1997年7月2日没。アメリカ・ペンシルヴェニア州生まれ。32年にプリンストン大学を卒業すると、学生時代に演劇サークルで活動していた経験から、俳優を志す。幾つかの舞台を経験した後、「舗道の殺人」(35)で映画デビュー。38年の「我が家の楽園」を始め、フランク・キャプラ監督と組んでヒューマニズム溢れる名作を送り出す。40年には「フィラデルフィア物語」でアカデミー賞主演男優賞を受賞。第二次世界大戦が勃発すると、ハリウッドスターの先頭を切って従軍し、空軍に所属する。戦後はアンソニー・マンやアルフレッド・ヒッチコックの作品を中心に、西部劇からドラマ、サスペンスまで様々な作品に出演。55年にはマネーメイキングスター第1位になるなど、80年代前半まで活躍した。

ここがすごい!

誠実な人柄と人懐こい笑顔が多くの人々に愛され、“アメリカの良心”と呼ばれた。亡くなった時には、当時のクリントン大統領が“我々は国の宝を失った”と声明を出したほど。取り立てて二枚目ではないが、スマートな風貌に善良な一市民という雰囲気を備え、初期に出演したフランク・キャプラ監督の諸作では、その持ち味を十分に発揮してアメリカの理想をストレートに謳い上げた。また、リンドバーグやグレン・ミラーなど、何度か実在の人物を演じているが、これも彼のイメージが理想のヒーローに相応しかったからだろう。“誰からも愛される”という個性を売りに、西部劇からサスペンスまで数多くの作品に主演し続けたスターだった。

これは必見 KINENOTEおすすめの3本
  • めまい(1958)
  • ヒッチコック監督のサスペンス。友人の妻を尾行した高所恐怖症の探偵が、思わぬ事件に巻き込まれてゆく。キム・ノヴァク演じるヒロインに翻弄されてゆく探偵役ジェームス・スチュアートの見せる表情が絶妙。
  • レビューから
  • 現在でも通じる役柄を見事に演じたと感じますね。惚れた女を追い回すストーカーぶり、惚れた女に似せるように髪の色を染めさせるフェチぶりと一歩間違えれば変態ではないですか。
  • 素晴らしき哉、人生!
  • 米国ではクリスマスの定番と言われるほどの人気作。ジェームス・スチュアート演じる主人公が人生に絶望して自殺を図ろうとした所、天使に出会い、“自分が存在しなかった世界”を体験して、希望を見出してゆく。
  • レビューから
  • あの時代のアメリカ映画は文化や宗教を超えた良心を感じさせてくれる。フランク・キャプラの作品はどれもはずれがなく、観た後の満足感は高い。J.スチュアートもドナ・リードもステキ。
  • スミス都へ行く
  • フランク・キャプラが、理想に燃える青年と腐敗した議会の対決をヒューマニズムたっぷりに描いたドラマ。四面楚歌の議場で起死回生の策として延々演説を続けるクライマックスは、ジェームス・スチュアートの独壇場。
  • レビューから
  • 31歳のジェームズ・スチュアートが初々しく、頼りない若者らしいです。この謙虚さを保ち続けたところが、この俳優さんのすごいところなんでしょうね。

略歴

1904年5月17日~1976年11月15日没。 フランス・パリでナイトクラブの芸人として働く父と歌手の母の下に生まれ、小学校を卒業するとすぐに働き始める。10代後半から舞台に立ち、20代中頃から映画にも出演するようになる。ジュリアン・デュヴィヴィエ監督と組んだ「地の果てを行く」(35)で人気を得て、「我等の仲間」(36)、「霧の波止場」(38)などに出演。第二次世界大戦が始まると、戦火を避けてハリウッドへ渡るが、終戦後に帰国。ヴェネチア国際映画祭男優賞を受賞した「現金に手を出すな」(54)と「われら巴里ッ子」(54)、「ヘッドライト」(55)といった作品で復活する。その後は、「地下室のメロディー」(63)や「暗黒街のふたり」(73)などでアラン・ドロンと共演し、ベテランらしい存在感を示した。

ここがすごい!

下町で苦労して育った身の上と無骨な風貌から滲み出す庶民的な雰囲気を武器に、トーキー初期から活躍。ジュリアン・デュヴィヴィエ、ジャン・ルノワールなど、名監督たちと組んでフランス映画界を支え、1930年代は彼にとって黄金期となった。渋い存在感とどっしりした重量感のある演技が印象的だが、当時まだ30代。戦時中の渡米を挟んで、40代半ばを越えた50年代以降は、重鎮として主演を張りつつ、フランソワーズ・アルヌールやアラン・ドロンなど、台頭してきた若手俳優とも共演。「ヘッドライト」(55)のトラック運転手など、若い頃とは異なり、中年の悲哀が滲む円熟味も身に付けて存在感を発揮した。

これは必見 KINENOTEおすすめの3本
  • フレンチ・カンカン
  • 19世紀末のパリを舞台に、フレンチ・カンカンを呼び物にしたナイトクラブ“ムーラン・ルージュ”開業にまつわる人間模様を、華やかな音楽とダンスで彩ったミュージカル。ギャバンは主人公の興行師を演じている。
  • レビューから
  • ギャバン演じる興行主には愛着がわく。もういい年だが、女性関係にこと欠かないおっさん。ストを起こしたニニにぶっ放すセリフが何とも潔い。
  • 望郷(1937)
  • アルジェの港町カスバのボスとパリから訪れた女性の恋を描くメロドラマ。ギャバン初期の代表作で、貫禄溢れるボスと恋する少年のような二面性を披露。切ない表情が心に残るラストは名シーンとして語り継がれている。
  • レビューから
  • ジャン・ギャバンの叫び声が、船の汽笛にかき消されるラストシーンが強烈なインパクトあり、その場面を楽しむためにリピート作品のひとつになっている。
  • 大いなる幻影(1937)
  • 第一次世界大戦中、ドイツ軍の捕虜となった兵士たちの身分を越えた交流を描いたドラマ。捕虜のフランス軍中尉を演じたギャバンは、資金集めに難航していたジャン・ルノワール監督を助けるため、自ら出演を志願した。
  • レビューから
  • ジャン・ギャバンもエリッヒ・フォン・シュトロハイムも素晴らしい。この二人を見るだけでも格調高い。戦争の愚かさをしみじみ感じる。

略歴

1962年6月27日、香港生まれ。18歳の時に友人のチャウ・シンチーに誘われ、テレビ局の俳優養成所に入学。若手スターの1人として人気を得る。83年に映画初出演。作品を重ねるに連れて演技力の評価が高まり、ホウ・シャオシェン監督の「非情城市」(89)に出演。ヴェネチア国際映画祭金獅子賞に輝いたこの作品で、聾唖の青年を演じて世界の注目を集める。「欲望の翼」(90)以来、ウォン・カーウァイ作品の常連でもあり、「花様年華」(00)ではカンヌ国際映画祭男優賞を受賞。この他、ハリウッドリメイクされた「インファナル・アフェア」(02)、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞「ラスト、コーション」(07)、三国志を映画化した「レッドクリフ」2部作(08、09)など、香港を代表する演技派として活躍している。

ここがすごい!

香港を代表する演技派俳優。香港での受賞歴は枚挙に暇がなく、88年の「野獣たちの掟」で香港電影金像奨助演男優賞を受賞して以来、多数の受賞歴を誇る。出演作もアクションからドラマまでジャンルを問わず多岐にわたり、いずれも高いパフォーマンスを発揮。特に、豊かな目の表情については評価が高く、“媚眼放電(目で発電する)”とまで言われている。そのため、ウォン・カーウァイだけでなく、香港のジョン・ウー、台湾のアン・リーなど、巨匠たちの作品に次々と出演。47歳で初めて武術に挑戦した「グランド・マスター」(13)では、4年に渡る厳しい練習を積んで実在の武術家イップ・マンを演じ切るなど、高い期待に応え続けている。

これは必見 KINENOTEおすすめの3本
  • ラスト、コーション
  • 日本占領時代の上海を舞台に、抗日運動に身を投じた女スパイと特務機関長の愛と裏切りを描いたドラマ。相手役に抜擢された新人タン・ウェイに配慮しつつ、トニーは口数少ない特務機関長イーを冷徹に演じ切った。
  • レビューから
  • おそらくアジア一の伊達男であるトニー・レオンだが、諜報機関で働く孤独と苦悩に苛まれがらそれらを微塵とも感じさせない冷酷な男を完璧に表現している。
  • インファナル・アフェア
  • 犯罪組織と警察、互いの組織に潜入した男同士が、10年を経て自らのアイデンティティに苦悩しながら対決する。トニーが演じたのは、犯罪組織に潜入した警察官ヤン。アンディ・ラウとの緊迫した演技合戦が見もの。
  • レビューから
  • トニー・レオンは伊達男や達人のような落ち着き払った役よりも、キョロキョロと落ち着かないちょっと薄汚れた役の方がいい。とりつくろったセクシーさでなく、体から表情からにじみ出るセクシーさ。
  • 花様年華
  • 60年代の香港を舞台に、互いの伴侶が不倫関係にある事を知った男女の恋を描く。均整のとれた映像、控え目な音楽の中、共にカーウァイ作品常連のマギー・チャンを相手に、間を生かした演技で感情の揺らぎを伝える。
  • レビューから
  • 気品ある官能が包む作品であった。それは素早く全てを見せないで変わる場面展開、人の目線やのぞき目線で見せるカメラワーク、バイオリン等の神経をくすぶる音楽、トニー・レオンとマギー・チャンの上品な振る舞いなどがそうさせるのだろう。
表紙でふりかえるキネマ旬報

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