私小説作家小早川武吉の妻徳子は長年の貧困と過労に神経を蝕まれ、遂に入院しなければならなくなる。後に残ったのは武吉と幼な子二人。それを知った同業仲間の中沢兵吾一家や行きつけの飲み屋“花菱”のおかみなど、何くれとなく心配してくれ、武吉の妹澄代も手伝いに上京した。徳子の病状は思わしくなく脳病院に移る。闘病生活の決心を固めた武吉は妻宛てに手紙を書き、いつの日か戻ってくる妻のためや、自分の慰めにしようとする。ある日、小康を得た徳子は一日の外出を許されて帰宅した。徳子のおぼつかない様子を、兵吾やおかみもいたわってくれる。妻が病院へ帰った後武吉は自分の小説が徳子を滅したのではないかと悩み、自己嫌悪に襲われる。やがて徳子は眼も悪くなり、武吉は病院に泊って看護する。そこへ徳子の父が上京してきた。妻の狂人ぶりを小説に発表する武吉を父親はなじる。みじめな思いの彼を作家仲間の吉田が訪ねて来た。彼と話すうち、武吉はどんなに苦しくとも文学は止められぬと思い、妻あってこそ自分の文学精神が支えられたのだという考えに到達した。病気が長びきそうになった徳子は、院長のすすめで別の病院へ移ることになる。幼児二人を連れ病院へやってきた武吉は徳子をやさしく抱きかかえつつ次の病院へと車を走らせて行くのだった。