コンカッション

Introduction

単なるスポーツの枠を超えて、いやまアメリカを代表するエンターテインメントとなったNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)。毎週2000万人ものファンを熱狂させ、多大な経済効果と雇用を生み続ける“アメリカの夢”──。そんな巨大組織がひた隠しにしてきた業界の闇に、たった一人で立ち向かった外国人医師がいた。本作『コンカッション』は、全米を揺るがした衝撃の告発に基づく実話ドラマ。アメリカ社会の正義と理想を信じて孤独な戦いを続け、ついにはNFLを動かすに至った、不屈の男の物語だ。

ナイジェリアから夢を抱いてアメリカにやってきたベネット・オマルは、優秀で誠実な医師。2002年、ピッツバーグで検死官を務めていた彼は、元NFLの名選手マイク・ウェブスターの変死解剖を担当する。“史上最高のセンター”と言われながら晩年は奇行を繰り返し、車の中でホームレス同然の生活を送っていた地元の英雄──。その寂しい最期に不審を抱いたオマルは、周囲の反対を押し切ってマイクの脳を精査。長期間にわたって激しいタックルを受け続けることにより引き起こされる「CTE(慢性外傷性脳症)」という新たな疾患を発見し、マイク以外にも多くのプレーヤーたちが精神を病み、謎の死を遂げていることに気付く。警鐘を鳴らすべく、オマルは医学誌に論文を発表。しかしNFLは、アメリカの国民的スポーツを根底から揺るがしかねないこの事実を、全面的に否定。逆に「試合中の衝突で脳震盪を起こした選手はいない」という見解を発表し、危険な論文を撤回させるべく、絶大な権力を駆使してオマルを締め上げていく──。

NFLだけでなく全米のアメフト・ファンを敵に回しつつも己の信念を曲げず、真実を追究し続けたベネット・オマル医師を演じたのは、『メン・イン・ブラック』シリーズからオスカー候補となった『ALI アリ』まで幅広い映画で活躍するウィル・スミス。ウィル自身の言葉を借りるなら「ただアメリカ人になりたいと強く望んでいただけなのに、自らの発見によって苛酷な試練を経験することになった」実在のナイジェリア人を、移民特有のイントネーションも含めて完璧に体現してみせた。その迫真の演技はゴールデン・グローブ賞の男優賞(ドラマ部門)にノミネート。2016年2月に開催された第88回アカデミー賞の候補から外れたことに抗議し(俳優部門の候補者20人全員が、2年連続で白人ばかりだった)授賞式をボイコットして話題になったのも記憶に新しい。また苦悩しつつもオマルを支援する元チームドクター役では『ゲッタウェイ』『ブルージャスミン』のアレック・ボールドウィンがいぶし銀の演技を披露。オマルと出会って結ばれ、彼を励まし続けるケニア人移民の女性は英国出身の新進女優ググ・バサ=ローが演じ、サスペンスに満ちた社会派ドラマに夫婦愛という奥行きを与えている。

製作を手掛けたのは、『エイリアン』『ブレードランナー』『グラディエーター』『オデッセイ』など映画史に残る名作を次々と監督し、プロデューサーとしても優れた手腕を発揮するリドリー・スコット。監督は『パークランド ケネディ暗殺、真実の4日間』のピーター・ランデズマン。ハリウッドを代表する人気俳優と現代映画界の巨匠、さらに社会派の新鋭が世代を超えてがっちりタッグを組むことで、本作は単なる実話の再現に止まらない、アメリカ社会の本質に肉迫する傑作となった。

なお2011年には、オマル医師の発見した「CTE」に基づき、5000人近い元選手たちがNFLを相手に事実隠蔽に対する集団訴訟を提訴。当初は頑なに否定していたNFLから譲歩を引き出し、2015年には和解が成立している(現在はNFLも巻き込んだ改善策研究が継続中)。このように本作『コンカッション』は決して屈せざる男の感動的ドラマであると同時に、人命にかかわる真実を直視し、映画を通じてさらなる変化を求めるリアルタイムの物語でもある。