終電車

しゅうでんしゃ|Le Dernier Metro|----

終電車

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レビューの数

62

平均評点

72.2(240人)

観たひと

389

観たいひと

35

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル ラブロマンス / ドラマ
製作国 フランス
製作年 1981
公開年月日 1982/4/10
上映時間 132分
製作会社 レ・フィルム・デュ・キャロッス=アンドレア・フィルムス=SFP=TF1
配給 東宝東和
レイティング
カラー カラー/ビスタ
アスペクト比 アメリカンビスタ(1:1.85)
上映フォーマット
メディアタイプ
音声

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

ナチ占領下の混乱のパリを舞台に劇場を守る一人の女優の愛を描く。製作・監督は「緑色の部屋」のフランソワ・トリュフォー、脚本はトリュフォーとシュザンヌ・シフマン、台詞はトリュフォー、シフマンとジャン・クロード・グランベルグ、撮影はネストール・アルメンドロス、音楽はジョルジュ・ドルリュー、編集はマルティーヌ・バラーク、マリー・エーメ・デブリルとジャン・フランソワ・ジル、美術はジャン・ピエール・コユ・スヴェルコが各々担当。出演はカトリーヌ・ドヌーヴ、ジェラール・ドパルデュー、ジャン・ポワレ、ハインツ・ベネント、アンドレア・フェレオル、サビーヌ・オードパン、ジャン・ルイ・リシャール、モーリス・リッシュなど。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

第二次大戦中、ナチ占領下のパリ。人々は夜間外出を禁止され、地下鉄の終電車に殺到する。この混乱の時代は、しかし映画館や劇場には活況を与えていた。そんな劇場の一つモンマルトル劇場の支配人であり演出家のルカ・シュタイナー(ハインツ・ベネント)は、ユダヤ人であるため、南米に逃亡し劇場の経営を妻であり看板女優のマリオン(カトリーヌ・ドヌーヴ)にまかせていた。彼女は、今、ルカが翻訳したノルウェーの戯曲『消えた女』を俳優のジャン・ルー(ジャン・ポワレ)の演出で上演しようとしていた。相手役には新人のベルナール・グランジェ(ジェラール・ドパルデュー)が起用された。ジャン・ルーは、この戯曲の上演許可のため、ドイツ軍の御用批評家ダクシア(ジャン・ルイ・リシャール)とも親しくしているというやり手である。連日稽古が続けられるが、稽古が終ると、ベルナールはカフェで数人の若者たちと会って何か相談し合っており、一方マリオンは暗闇の劇場に戻って地下へ降りていく。地下室には、何と、南米に逃げたはずのルカが隠れていたのだ。夜マリオンが会いに来るのを待ちうけ、昼は、上で行なわれている舞台劇の様子を通風孔の管を使って聞き、やってくるマリオンにアドバイスを与えた。つまり、彼は地下にいながら、実質的な演出者だったのだ。初演の日、『消えた女』は、大好評のうちに幕をとじるが、ルカは満足しなかった。そして、翌日の新聞でダクシアは酷評を書いた。マリオンは、舞台の稽古をしながら、いつしかベルナールに惹かれている自分を感じていたが、あるレストランで彼がダクシアに酷評の謝罪を迫ったことで彼に怒りをおぼえた。『消えた女』は好評を続けるが、ベルナールがレジスタに参加するために劇場を去ることになったある日、初めて会ったルカから「妻は君を愛している」と言われ動揺するベルナール。そしていよいよ彼が去る日、二人ははじめて結ばれた。連合軍がノルマンディーに上陸し、パリ解放も目前に近づいた。ルカは屋外に出ることが実現し、ダクシアは国外に逃亡する。そして、マリオンは、愛する夫の演出で、愛する若手俳優ベルナールと共演し、艶やかな笑顔で観客に応えているのだった。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

1982年6月上旬号

外国映画批評:終電車

1982年5月上旬号

外国映画紹介:終電車

1982年4月上旬号

グラビア:終電車

特集 終電車:作品批評

特集 終電車:作品批評

特集 終電車:作品批評

特集 終電車:分析採録 終電車

1982年1月上旬号

カラー・グラビア:終電車

グラビア:終電車

1981年10月上旬号

特別グラビア:トリフォーの「終電車(デルニュ・メトロ)」を観て

2025/11/29

2025/11/30

75点

購入/ブルーレイ 
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占領下の影を背負った三角関係の寓意**

『終電車』は、一見すれば「劇場を営む妻」「舞台演出家として戻ってきた前夫」「新たな恋人の俳優」という三角関係の情感劇として進んでいく。しかし、物語の中心に置かれる劇中劇「消えた女」は、単なる付随物ではない。
これは占領下のフランスに生きる登場人物たちの“心の亡命”を象徴する鏡像である。劇「消えた女」では、かつて消えた恋人と瓜二つの家庭教師が現れ、妻の心に封印された情念が揺り動かされる。
しかし最後に彼は、「消えていたのは男ではなく、あなた自身の情熱です」と告げて家を去る。
この“心の空洞”を暴く構造は、戦時下で強制的に沈黙させられた人々の精神をはっきりと想起させる。
『終電車』の主人公・ルーカス(元夫)はユダヤ人であるがゆえに劇場の地下に潜み、妻マリオンは彼を守るため、劇場の表の顔として立ち続けなければならない。そして新たな恋人ベルナールは、抵抗運動に身を投じている。
三人は“舞台の表と裏”を行き来しながら、同じく自分の声を奪われた存在として互いを求め、そしてすれ違っていく。

ここに劇中劇との強い共通性が生まれる。
消えた男=地下に潜った夫ルーカス
揺れる妻=マリオン(自身の感情すら統制せざるをえない)
家庭教師=ベルナール(突然現れ、過去の傷を刺激する存在)
という具合に、劇「消えた女」の三角構造は、『終電車』の三人をそのまま抽象化した写像になっている。
また、「消えた女」というタイトルの本質は、
“消えたのは誰か”ではなく、
“消されていたのは何か”
という問いへ向けられている。

それは『終電車』にもそのまま通じる。占領下のパリでは、自由な創作は奪われ、恋愛は抑制され、政治的立場は命の危機へ変わり、誰もが何かを失った。自由、愛、声、そして自身の核となる“情熱”が、歴史によって無理やり消されていた。劇中劇は、それを象徴の形で浮かび上がらせる。

妻が家庭教師に動揺するのは、かつての恋ではなく、
「奪われ続けた自分自身の感情が再び疼く恐怖」なのだ。
そして『終電車』のマリオンも、夫と恋人の間で揺れながら、同じように“ふたたび息をし始める心”に戸惑っている。

ラストで劇中劇は「去る者」によって幕を閉じるが、映画本編は「残る者たち」の静かな再出発で終わる。
消えていたものは完全には戻らないが、それでも舞台はまた開かれる。
『終電車』は、「消えた女」の構図を用いて、占領下の暗闇の中で生き延びる人々の精神の回復を、密やかに、そして力強く描いた作品である。

本作の中でモンマルトル劇場で上演される演劇「消えた女」
映画で描かれた断片をつなげ、劇「消えた女」の物語として成立するように再構築した推定ストーリーを以下で公開します
https://note.com/waimori/n/n8479647a3835?sub_rt=share_pw

2015/01/11

2025/06/21

90点

映画館/大阪府/第七藝術劇場 
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再見。マリオン演じるカトリーヌ・ドヌーヴの能面のような美貌が、怖いくらいに魅力的。そして、ドイツ占領下のパリ、地下室に潜むユダヤ人、レジスタンス活動等、トリュフォー作品にしては政治色が強め。が、そんな中でもメインとなるのは、劇場と劇団員たち。マリオンが露骨にベルナールに惹かれる描写はないものの、劇場と夫を守るために自身の感情を殺しているとも感じられるマリオンと、縛られるものがなく常に自分の意思で行動するベルナール。対照的すぎる二人が惹かれ合うのは至極当然で、特にマリオンはベルナールに強い羨望の気持ちを抱いていたと感じる。紆余曲折がありながら遂に終戦を迎え、様々な人たちのその後を描くラストが秀逸。あの演出は本当に粋だと思う、きっとトリュフォーはしてやったり(笑)。また、片方の手は夫、もう片方の手はベルナールに繋がれたマリオンの姿は、「二人の女性がいる」の言葉を彷彿させる。

2025/05/02

2025/05/02

30点

その他/イマジカ録画 
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何かピンと来ない。

ネタバレ

第二次世界大戦中、ナチス占領下のパリ。女優マリオンはモンマルトル劇場を切り盛りしている。支配人兼演出家だった夫・ルカはユダヤ人で、南米に逃亡したと世間には思われていたが、実は地下室に潜んで国外脱出の機会を伺っていた。それは夫婦以外は知らない秘密だった。
現在演出家を代行しているジャン=ルーは、ドイツ軍の御用評論家ダクシアと親しく付き合い、何かと便宜を図ってもらっている。新たに加入したマリオンの相手役ベルナールは衣装係の女に付き纏っては口説く。彼はドイツ軍を忌み嫌っていた。ルカのメモに従いジャン=ルーが演出した新作劇『消えた女』は拍手喝采の中幕を下し、マリオンは思わずベルナールにキスをする。いつも素っ気ないマリオンの振る舞いにベルナールは動揺する。好劇は各紙で好評を博すが、ダクシアだけは「ユダヤ的である」と批判し、言い寄り損ねた腹いせかマリオンの演技に対しても酷評する。それを怒ったベルナールはダクシアを殴りつけ、劇場のためにトラブルを避けたいマリオンはベルナールを怒鳴りつける。ベルナールはレジスタンスに身を投じるべく劇場を去る決心をマリオンに伝える。そんな折、劇場にゲシュタポの抜き打ち捜査が入り、地下室を見せるよう迫られるが…。

以前一度観たはずなのに内容を全く覚えていなかった作品。観ても全く記憶が蘇らなかったのは、前観た時にほぼ寝てたから、とかか? 観た後wikiを見たら、「ルカとマリオンの冷めた夫婦関係」とか「マリオンはベルナールに愛を感じ始めていた」とか書いてあたたが、えっそんな感じだっけ?と思った。見ていて状況が全く伝わってこなかった。だからルカが「妻は君を愛している」とベルナールに言うシーンで何言ってんのこの人?と思ってしまった。この映画を見て思ったのは、フランス人って男も女もみんな自分勝手だなぁ、ってことだけ。こういう状況にしてはルカに緊張感がなさすぎるし、女と見れば口説きまくるベルナールはうざいし。ドイツ人をフランス人が、ユダヤ人をドイツ人が演じている点や、劇中劇で現実と芝居が入れ子になっている点は面白い。ドヌーヴは美しいが人形のようで、本作ではあまり魅力を感じない。

2024/11/30

2024/11/30

75点

VOD/U-NEXT 
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終電車はいずこへ

仮想社会の盟友naga-kenさんの格調高きレビューにいたく感銘を受け鑑賞に至りました。naga-kenさん、いつもありがとうございます。

夫婦揃ってフランス映画は苦手です。妻は「フランス語の響きが好きじゃない」と言います。しかし、「この人(カトリーヌ・ドヌーヴ)綺麗だね」とも。やはり、圧倒的な美は不変の価値を持つようです。

製作年に比べるとクラシカルなタッチに思えました。奇妙な三角関係と言われても外国人が外国語で演じていると心情の変化や機微が解りづらかったのも事実です。パリ解放のあと、劇中劇のラストは強烈な印象を残しました。

レジスタンスを背景にした大人のラブストーリー。naga-kenさん、この解釈で合っておりますでしょうか?

2024/08/11

2024/08/11

95点

VOD/その他/レンタル/PC 
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フランソワ・トリュフォーの大傑作

10代の頃、私が初めて観たフランソワ・トリュフォー作品。

ドイツ軍に占領されたパリを舞台に、劇場と演劇を守ろうとするヒロインの姿は、それこそがナチに対する抵抗、レジスタンスの姿に感じられて、とても感激したことを覚えている。

そして大人の男女の繊細な恋愛模様にも、とても魅了されたことを覚えている。

重たいテーマを扱っている映画であるにも関わらず、優雅で軽やかに登場人物たちを動かしていく脚本の素晴らしさ。演出の素晴らしさ。

ジョルジュ・ドルリューのエンディングテーマがまたとても軽やかで美しく、私は映画音楽のラジオ番組でこの曲を録音し、何度も聞いていた。

そして今回、およそ40年ぶりに観直したが、やはり本作は素晴らしい出来ばえであると改めて認識した。

女座長として劇場を守るだけでなく、ユダヤ人の夫を地下にかくまい、守り切ろうとするヒロインをカトリーヌ・ドヌーヴが堂々と見事に演じている。

艶やかな美しさの中に、ほのかにエロティシズムも感じさせるドヌーヴの本作での演技は、これまで見せてきた彼女の名演技の中でも、最高の演技の一つと言ってもいいのではないだろうか。

なお本作はセザール賞を10部門受賞しているが、これは「シラノ・ド・ベルジュラック」(1990年)と並び、同賞の最多受賞記録だそうである。

また本作はトリュフォー作品としてはアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた最後の作品である(「夜霧の恋人たち」で初候補、「アメリカの夜」で同賞受賞。本作で3度目のノミネート)

ヌーヴェル・ヴァーグを出発点としながら、こんなにも円熟した大人の演出をじっくり見せる監督となったフランソワ・トリュフォー。

だが本作を撮った4年後、彼は52歳の若さで早逝してしまう。

その早すぎる死が本当に惜しまれる。

本作は、演劇人の姿を通して反戦の姿勢も示しながら、大人の鑑賞に耐えうる大人の愛のドラマを美しく描いた、フランソワ・トリュフォーの大傑作であると思う。

2023/10/01

2023/10/01

85点

選択しない 


奇妙な三角関係

ネタバレ

第二次対戦中、ナチスドイツ占領下のパリ、モンマルトル劇場の支配人でユダヤ人の劇作家ハインツ・ベネントとその妻で国外に逃した旦那の代わりに経営者となった女優のカトリーヌ・ドヌーブ、男優のジェラール・ドパルデューの三角関係を描いており、恋愛ドラマでありながら圧制下の中でも演劇への情熱を失わない気骨の物語になっている。
 国外に逃したというのは嘘で劇場地下室にいる旦那が、舞台の稽古をしている二人の声を聴いて互いに惹かれあっているのが分かるというのが上手い。しかもドパルデューは実はレジスタンスなのとゲシュタボ、ドイツ寄りの批評家などが絡み合ってサスペンスな展開もあるので目が離せない。ラストは舞台劇を上手く使ってコチラを楽しく騙してくれる。フィナーレもドヌーブを、中心に三人並んで洒落ている。