男性      女性

※各情報を公開しているユーザーの方のみ検索可能です。

NEWS

KINENOTE公式Twitter

鑑賞日 2013/02/19  登録日 2013/02/20  評点 96点 

鑑賞方法 その他/試写会 
3D/字幕 -/-
いいね!レビューランキング -位

「思い出」の中に住む世之介

横道世之介は、何だかまるで幽霊のような存在だ。

その性格は天然なのか、狡猾なのかまるで掴みどころがなく、その交友関係もそれぞれ「点」としては
確かにそこにあるのだが、彼の友人同士を繋ぐはずの「線」というものが良く見えない。
そもそも世之介をあれほど慕っていた友人や恋人たちは「あれから」16年が経った後、
何故まるで彼の存在自体が忘却の彼方だったかのような素振りを見せているのか?
少なくとも映画の中ではっきりと描かれていない以上、それは永遠の謎である。

「横道世之介」は160分という近年の邦画では異例の長尺でありながら、実はドラマ的には
何故か「空白」だらけという、実に奇妙な構成の作品だ。
プロットには教科書的な「序破急」の展開がなく、しかも登場する人物は
世之介だけでなく誰もが「影」という物をまるで背負っていないように見えるほど幸せそうだ。
(ご丁寧に、世之介はわざわざ「太陽」の恰好になって踊りまくる分かりやすさ!)
「それって、映画としてどうなのよ?」と思う方もいるかも知れないが、
この作品のあちこちに空いた「空白」を単なる欠陥として捉えてしまうのは、
それこそ小津やジャームッシュなどを単なる「間延びした映画」と断じてしまうくらい、
あまりにも味気ない物の見方だ。
少なくともこの作品は、それくらいの大袈裟な比較で擁護したくなるほどの
不可思議で深い味わいが溢れているように思える。

結論を言ってしまえばこの作品、つまりはもう二度と戻らない幸福だった時代の
「記憶」をめぐる映画と言って差し支えないだろう。
もしくは1987年と言う、恐らくは日本全国が良くも悪くも最高に「馬鹿」だった時代の、
多くの人が勘違いも甚だしい中で生活を送ることが出来た、俗に言う「バブル世代」の
若者たちの呑気な「思い出」を綴った映画と言ってしまっても良い。
しかしこの作品は、観客を疑似的な心地よいノスタルジーで酔わせ、お手軽に涙を搾り取ろうとする
「ALWAYS 三丁目の夕日」のような代物とは全く一線を画す類の映画だ。
それは何故か。
この作品は世之介だけでなく、ここで登場する87年という「時代」そのものを、
すでに「消え去った存在」として描くことに徹底して拘っているからだ
気取った言い方をすれば、過ぎ去った時代の「陰影」を捉えることを敢えて避け、
そこに残った「陽炎」のみをフィルムに焼き付けることに執着した映画、と言うべきか。
そして世之介と祥子の二人の淡い恋が、こんなにも愛しくて微笑ましいのも、
その恋がすでに「消えてしまっている」ことを、観ている誰もが認識している故の
まるで「覚めてほしくない夢」を観ているかのような気持ちにさせられてしまうからだと思う。

恐らくこの映画を見た多くの人が、まるでここで描かれる出来事を「自分」のことのように
感じてしまうだろう。
自分にもあの頃「世之介」が居たんじゃないか、もしくは自分こそが誰かにとっての
「世之介」だったのではないか。
残念ながら、そのどちらも実はこの映画が見せる「幻」に過ぎない。
それでもこの映画を支持せずにはいられないのは、恐らくその「幻」が
誰もが目を閉じて「幸せだった頃」に思いを馳せたときに現れる、
記憶の中の友人や恋人の姿に良く似ているからだ。
そして、その「幻」が二度と元には戻らない、遠く過ぎ去ってしまった物だと
気付いたとき、胸がどうしようもなく締め付けられるような痛みに襲われ、
もう一度その幻に、世之介に会いたくて仕方なくなる。

やはり横道世之介は、何だかまるで幽霊のような存在だと思う。