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司葉子

  • Tsukasa Yoko
  • 出演
本名 相沢葉子(旧姓・庄司)
出身地 鳥取県境港市渡町の生まれ
生年月日 1934/08/20
没年月日

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略歴

鳥取県境港市の生まれ。本名・相澤葉子(旧姓・庄司)。石炭販売業の父・繁二郎と母・懿子(いしこ)の一男三女の末子。生家の庄司家は因幡三郷士のひとつに数えられた山陰の名家だが、父は彼女が7歳の時に死去している。県立境高校を卒業した1953年、上京して共立女子短期大学家政科別科に進み、翌54年に卒業。大阪の新日本放送(現・毎日放送)総務課に就職するが、専務秘書をつとめてすぐに、知人の推薦で『家庭よみうり』5月21日号の表紙を飾る。同じ頃、被爆者の少女の純愛を描く丸山誠治監督「君死に給うことなかれ」の主演予定だった有馬稲子が眼疾のために出演不可能となり、東宝が代役を探していた。偶然『家庭よみうり』を目に留めた丸山監督が、共演者の池部良とともに自らスカウトに乗り出す。葉子は家族に反対されてとまどうばかりだったが、義兄の知人だった笠置シズ子に相談した結果、「これ一本だけ」という約束で出演を承諾。芸名は池部良が“司葉子”と名付け、同年8月公開の同作でヒロイン久美子に扮してデビューする。司に対する批評は好意的だったものの、本人は女優を続ける意思がなかった。しかし、すでに用意されていたプロ野球投手・沢村栄治の伝記映画「不滅の熱球」のシナリオの出来がよかったことと、もう1本だけ池部との共演をと懇願されたことから、女優への道を決意する。55年には前記の「不滅の熱球」のほか、「33号車応答なし」「くちづけ」で池部、「雪の炎」で宝田明、「愛の歴史」で鶴田浩二と共演し、その清潔な美貌に人気が高まる。翌年以降も池部と「現代の欲望」56、小林桂樹と「見事な娘」「婚約三羽烏」56、小泉博と「忘却の花びら」57、宝田明と「美貌の都」57、「愛情の都」「花の慕情」58などで共演するが、ほとんど良家のお嬢さんや社長令嬢的な役で、唯一の例外が堀川弘通監督、石原慎太郎原作・主演の「日蝕の夏」56で演じたドライな現代娘だった。59年になると人気の上昇とともに女優としての意欲も高まり、久松静児監督「愛妻記」では貧乏小説家・フランキー堺の明朗な妻、堀川監督「青い野獣」60では野心家の仲代達矢に利用される財閥の娘などを熱演し、お嬢さん女優からの脱皮を思わせた。その積極的姿勢が松竹の巨匠・小津安二郎監督に認められ、初の他社出演となった「秋日和」60へと結実する。原節子扮する未亡人の母の再婚に気を揉む娘の役だが、小津監督が求める自然な演技で好演し、期待に応える。61年、堀川監督「別れて生きるとも」では詐欺常習犯の父母に苦しめられる娘役で屈折した演技を披露し、黒澤明監督「用心棒」では美貌が災いして借金のかたに妾にさせられる貧農の妻を演じて、殺伐なアクション映画に花を添えた。小津監督が司を松竹に借りたバーターとして東宝で撮った「小早川家の秋」61では中村鴈治郎の末娘役で出演し、人気と実力を認められる。そうした巨匠の作品以外は、相変わらずメロドラマのヒロイン役が多かったが、鈴木英夫監督「その場所に女ありて」62では生き馬の目を抜く広告業界でライバルの宝田明に伍して奮闘するサラリーウーマン・律子を演じ、したたかに生きつつも現代女性の裂け目を感じさせる快演を見せた。64年9月に母が死去。精神的、経済的な支え、あるいは枷になっていたものがなくなったことによって解放感と虚無感を同時に体験し、私生活上の転機を迎える。66年、成瀬巳喜男監督「ひき逃げ」で、高峰秀子の子供をひき殺し、身代わりの犯人を自首させながらも罪悪感に悩まされる社長夫人を熱演したのち、松竹の有吉佐和子原作、中村登監督「紀ノ川」に主演する。当初、高峰秀子や岡田茉莉子が主演に予定されていたが、司が有吉と個人的に親しかったことから積極的に出演を希望した結果、主役の座を勝ち取った。紀州の旧家に嫁ぎ、娘を育てながら一家の栄枯盛衰と明治・大正・昭和と移り変わる時代の星霜を見つめる真谷花役で、22歳から72歳までの女の一生という難役だったが、若い頃よりも白髪を増した老女になってからの演技に気品と威厳をみなぎらせる熱演だった。それは13年間に及ぶ女優生活の集大成でもあり、キネマ旬報賞、ブルーリボン賞、毎日映画コンクールなど、この年のほとんどの女優賞を独占した。翌67年、小林正樹監督「上意討ち・拝領妻始末」で、三船敏郎の長男・加藤剛のもとに拝領させられる藩主の側室を陰影深く演じたのち、成瀬巳喜男監督「乱れ雲」に主演。交通事故で夫を失った悲劇と加害者の青年(加山雄三)に惹かれていく自身の微妙な心理に懊悩する未亡人を繊細に演じて、代表作の1本とする。69年9月10日、大蔵省主計次長・相澤英行と結婚。71年、出産のために女優業を離れ、死去した前夫人がもうけた二男を加え、三男の母となった。この前後から活動の中心が舞台、テレビに移されていく。初舞台は若手東宝スターの研修公演『海抜三二〇〇米』58で、以降、『人間の条件』58、『がめつい奴』59、『丼池』63、『華岡清洲の妻』67、『徳川の女たち』68、『続徳川の女たち』69などに出演。映画は「新選組」70、「父ちゃんのポーが聞こえる」71などに助演したが、75年1月、衆議院議員選挙に出馬する夫を応援するため芸能界から退き、77年の市川崑監督「獄門島」でカムバック。映画出演はぐっと少なくなるが、続いて市川監督「女王蜂」78、トヨタ自動車を築いた豊田喜一郎の自伝映画「遙かなる走路」80、たのきんトリオ主演の青春映画「ブルージーンズ・メモリー」81、三村晴彦監督のホラーサスペンス「愛の陽炎」86、松林宗恵監督のヒューマンドラマ「勝利者たち」92、田中邦衛の憧れのマドンナ役で出演した瀧川治水監督「福耳」03などで存在感を発揮した。一方、舞台は最近に至るまでコンスタントに出演。『紀ノ川』78、『和宮様御留』80、『一絃の琴』81、『絵島生島』83、『遙かなり山河』87、『女坂』88、『孤愁の岸』89、『明治太平記』92、『午後の遺言状』99、『女はおんな』00、『風まかせ女まかせ』02、『女たちの同窓会』05、『女の一生』09など多数がある。テレビ出演も多く、64年のTBS『春の人』で初出演以降、フジテレビ『司葉子アワー/招かれた人』64、『狩野平野』67、『みだれ扇』70、『山肌』81、『見送って』86、『結婚行進曲』89、日本テレビ『細雪』65、『てんつくてん』73、『女たちの大阪城』83、『銀婚離婚』88、TBS『パパ長生きしてね』67、『越前竹人形』73、『白い波紋』77、『織田信長』89、『おやじのヒゲ』92、NHK『めし』69、『春の坂道』71、『氷壁』72、『なにわの源蔵事件帳』81、テレビ朝日『大忠臣蔵』71、『めしはまだか』74、『恋人よ、われに帰れ』87、『和宮様御留』91、テレビ東京『斜陽』93などがあるほか、77年1月から78年3月まで、フジテレビの情報番組『3時のあなた』で水曜日担当の司会もつとめた。

キネマ旬報の記事

2003年10月上旬号

フロント・インタビュー:司葉子

1973年1月下旬正月特別号

日本のトップ女優8人への質問:日本映画で今なすべきことは?

1967年7月上旬夏の特別号

特別グラビア:好敵手・若尾文子・司葉子

好敵手対談 悔いなき人生へチャンスに賭ける:若尾文子×司葉子

1967年3月下旬号

座談会 日本映画の明日をひらく キネマ旬報賞を受賞して:山本薩夫×橋本忍×小沢昭一×司葉子

1967年2月上旬決算特別号

1966年度ベスト・テン特別グラフィック:女優賞 司葉子

受賞の喜びを語る:

1967年1月上旬新年特別号

巻頭グラビア '67年の女優:司葉子

1966年7月下旬号

巻頭グラビア:走らないで一歩ずつ

1965年1月下旬正月特別号

巻頭グラビア 65年五社トップ・バッター拝見:「大根と人参」の岡田茉莉子・有馬稲子・司葉子・加賀まりこ

1963年10月上旬秋の特別号

特写グラビア:ポート・スター 司葉子

1962年3月上旬号

特写グラビア:東宝を代表する個性  司葉子

1961年6月上旬号

特別グラビア:司葉子

1961年1月上旬新年特別号

旬報無題欄:5 岡田茉莉子と司葉子

1960年10月上旬秋の特別号

クローズ・アップ:司葉子

1960年7月下旬号

特別口絵:司葉子

1959年6月下旬号

特別グラビア:司葉子

1958年春の特別号

特別口絵:司葉子

1957年12月上旬号

キネマ旬報無題欄:スポーツの「かん」と演技の「かん」

1956年10月下旬号

司葉子:

1955年12月下旬号

特別口絵:司葉子

1955年5月上旬号

映画人クロースアップ:司葉子