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鈴木清順

  • Seijun Suzuki
  • 監督/出演/脚本/原作
本名 鈴木清太郎
出身地 東京市墨田区
生年月日 1923/05/24
没年月日 2017/02/13

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略歴

【日活アクションから幻想的世界まで“清純美学”を展開】東京都生まれ。元NHKの人気アナウンサー・鈴木健二は実弟。1943年12月、青森の弘前高校在学中に学徒出陣で応召。復員後の48年に同高を卒業し東京大学を志望するが不合格で、演劇好きの知人に誘われて当時できたばかりの鎌倉アカデミア映画科に入る。同年9月、別の友人の誘いで松竹の助監督試験を受け合格。渋谷実、佐々木康、中村登らについたのち、メロドラマ専門の岩間鶴夫の専属助監督となって、さまざまな影響を受けた。54年、製作を再開した日活に移籍し、主に野口博志に師事する。56年、本名の鈴木清太郎名義で、浦山桐郎脚本による歌謡映画「港の乾杯・勝利をわが手に」で監督デビュー。添え物作品専門として最初は影が薄かったが、58年の「暗黒街の美女」から鈴木清順と改名し、翌59年の赤木圭一郎のデビュー作「素っ裸の年令」辺りから、そのバタ臭い演出が認められるようになった。【良き製作者、良き美術監督に支えられて】以後も、当時の日活の主流だった無国籍風アクションを中心に、「探偵事務所23・くたばれ悪党ども」(63)ではハードボイルドタッチを、「野獣の青春」(63)では優れた色彩感覚と映像リズムを獲得。また、ベテラン美術監督・木村威夫との出会いもあり、美術だけでなく脚本面からの協力も得て、独特の映像美学で観客を魅了する清順カラーが形成されていった。以降、清順はほとんどの作品を木村美術で撮ることとなる。さらに、ミュージカル風アクション「東京流れ者」(66)や、昭和前期の硬派中学生の青春像を描いた秀作「けんかえれじい」(66)で、一般の映画ファン層の熱い支持を集めるようになるが、宍戸錠主演のハードボイルド「殺しの烙印」(67)を発表した翌68年、事態が一変する。当時の日活社長・堀久作が「わからん映画ばかり作られては困る」と発言して清順を解雇。裁判沙汰にまで発展し、“鈴木清順問題共闘会議”も組織されて抗議活動が行われたが、結局、70年代の清順は『木乃伊の恋』など数本のテレビ映画と多数のCMを演出したのみで、77年に松竹で撮った「悲愁物語」が唯一の映画という“幻の監督”となってしまった。しかし80年、荒戸源次郎のプロデュースで「ツィゴイネルワイゼン」を発表。清順独特の映像美が幻想的な物語とともに花開き、各映画賞を総なめにして見事な復活を遂げた。以後も「陽炎座」(81)、「夢二」(91)、「オペレッタ狸御殿」(05)など寡作ながらも意欲的な作品を送り出す傍ら、不遇時代に特異な風貌とキャラクターを買われて始めた俳優業でも、コンスタントに作品を重ねている。2017年2月13日、慢性閉塞性肺疾患のため逝去。享年93歳。

キネマ旬報の記事

2017年4月下旬号

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2011年9月下旬特別号

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2010年5月下旬号

追悼 木村威夫さん:鈴木清順監督にきく木村威夫さんのこと

2005年6月上旬特別号

巻頭企画 毒×蜜×昇華 オダギリジョー:「オペレッタ狸御殿」鈴木清順監督 インタビュー&鈴木清順、オダギリを語る

2001年4月下旬号

特別企画 映画館主義 絶対映画館で観る!:鈴木清順

巨匠の撮影現場:鈴木清順「ピストルオペラ」

1996年臨時増刊 SUNDANCE/レッドフォードの映画に賭ける夢

座談会 SFFTコンペティションを振りかえって:鈴木清順、切通理作、佐藤浩一郎 日本のインディペンデント・フィルム・メイカーの実力

1996年臨時増刊 THE ルパン三世 FILES ルパン三世25年全記録

「ルパンと私」:大和屋竺さんは全ての脚本を監修していた

1993年9月下旬号

特集 原田芳雄 芸能生活30周年 原田芳雄は永遠のアウトローである:コメント

1993年5月上旬号

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1986年8月下旬号

フロント・ページ:

1981年10月下旬号

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1981年7月上旬号

特別グラビア:鈴木清順監督の一日を追う

1981年2月下旬決算特別号

特別グラビア:日本映画監督賞 鈴木清順

特別対談 映画はスキャンダラスな文化だ!:鈴木清順×大森一樹

1980年7月上旬号

ヒマジン・クラブ:鈴木清順の夜

1975年4月下旬号

今年こそ鈴木清順監督に映画を撮ってもらうために!:

1975年3月下旬号

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1975年2月上旬号

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1974年7月下旬号

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1974年7月上旬号

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1974年5月上旬号

今年こそ鈴木清順に映画を撮ってもらうために!:その3

1974年4月上旬号

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1974年3月下旬号

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1973年10月上旬秋の特別号

架空シネマテーク:第1回 鈴木清順論のためのノート

1972年7月下旬号

随想:

1972年2月下旬号

鈴木清順監督の対日活裁判に和解の合意:

1969年1月上旬新年特別号

事件と問題:鈴木清順問題と国学院映研事件

1968年8月上旬号

緊急特集 追いつめられた監督の立場:東宝の専属監督整理問題・松竹演出助手会の外部監督乗りこみ抗議・日活の鈴木清順問題を中心に、監督の危機を分析する特別ルポルタージュ

1968年7月上旬夏の特別号

トピック・ジャーナル:鈴木清順監督、ついに地裁へ提訴

1968年6月上旬号

特別ルポ:シネクラブと鈴木清順作品上映問題

1967年6月上旬号

日本映画乱世の異端児 鈴木清順・加藤泰 若い層の人気を集める二人の特異監督を分析する:乾いた映像とあざやかな造型美 鈴木清順の迫力

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1965年6月下旬号

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第一線監督はいまこう考える:近況報告特集

1958年9月上旬号

日本映画紹介:青い乳房