世の不正に抗しつづけ、真理を求めて生抜く阿地川盤獄に、好意を寄せているお稲の兄大三郎は幕府学問所の新井南圃門下であったがその著書が「抗幕」という名目で切腹を申付けられた。納得のゆかぬ盤獄は直ちに新井派をおとし入れようとする編さん所の支配役佐竹の邸を訪れたが、用人野々宮一徹に門前払いを食わされた。結局盤獄は新井門下に入って、学問によってこの不正を解決しようとする。まもなく佐竹の師総裁柏木泰山は更迭されて、新井南圃がその後を継いだ。武士上がりの盤獄は昨日に変わる今日の用心棒となって野々宮一徹の職を踏襲させられることになった。折角の向学の念はこうしてざ折されてしまったのである。げん滅……だが盤獄を追って江戸に上って来たお稲の笑顔はどれだけ彼を慰めた事であろう。ところがお稲の宿の植繁は彼女の美貌に名をつけ、阿部相模守に侍らせようとして大宴会を催す。これを知った盤獄は激怒して、その席上にかけつけるが、いかんせん衆寡敵せず、まさに危機に見えた時「おれが、後を引き受けた」と敵、味方を離れた野々宮一徹の勇気が、二人を救った。秩空の晴渡った街道を二人は、心も軽く歩きつづけていると、路ばたで遊んでいる子供の姿が見える。殿様になった一人の子供に土下座する多くの子供の姿……「ああ武士がそんなにえらいのだろうか」盤獄はまた憂うつになってしまった。