ヤミ肥りの商事会社に忽然と現われて金をさらって行く謎の怪盗「この金は二割を手数料にもらって、残額全部は戦災孤児援護会に寄付する」という怪盗の捨てぜりふは、いつもそのまま事実となって現われ、その果断な実行力はちまたの人々の溜飲を下げていた。「鼠小僧」と呼ばれるこの怪盗成島慶三は、ある日故郷の少年たちに会い少年の口から故郷登美島の小学校で恩師今井先生の二十五年勤続の祝いがあると聞かせられフト郷愁がわいた。その時彼を捕えるため警官がやって来た。慶三は巧みに逃げたが、少年たちはそれが「鼠小僧」であることを知り同時に自分たちと同じ島の出身者であると知って誇らしい気持ちにさえなるのであった。警官の目を逃れて登美島に帰った慶三は懐かしい今井先生に会い、昔の恋人で今は一人の子供を頼りに生きている幼友達の近藤せんの旅館に宿をとった。島では有名な「鼠小僧」がこの土地の出身者だという噂が高まりやくざ気質に夢を持つ少年たちがこれを英雄視する気風と、彼の行為をまねる小さな犯罪さえ起きた。やがて慶三が「鼠小僧」であることを知った今井先生は、おせんにも忠告して彼の自首を促したが、慶三はちょうど島に来合せた巡査部長が実はヤミ屋の片棒を担ぐ敗徳者であることを知っているので、彼に捕えられることを拒んだ。しかし年貢の納め時を悟った慶三は、せめて島の少年たちを悪から救うために、島の駐在所の老巡査栗原に捕えられることを約束し、折柄授業中の子供たちの中に逃げ込んだ。みじめに捕われた「鼠小僧」は少年たちの嘲笑の目の中を静かな足どりで引かれてゆく。