奥州は郡山、安積沼の舟上で相争う二人の男。旅廻りの芝居一座、一人は役者の小平次、もう一人は囃子方の太九郎である。小平次の女だったおちかを、そのねんごろな仲を知りながら、手の早い太九郎は、人を介して自分の女房にしてしまったのだ。惚れて惚れ抜いた女を他人に奪われて、今日の小平次は踏んでも蹴られても自分の願いを聞いてもらおうと必死であった。だが、太九郎も一緒に暮してしまえば女遊びは女遊び、おちかと手を切るなどとは思いも寄らぬこと。あまりの執念深さに堪りかねた太九郎は、カッとなって舟板で小平次に殴りかかった。いつしか雲は垂れこめ、稲妻さえ光る沼の上。小平次は次の瞬間沼に落ち込んだ。--江戸隅田川のほとりのおちかの家に、死人のように喘ぎながら、傷だらけの小平次が姿を現わしたのは、それから数日後だった。小平次はおちかにお前のために太九郎を郡山で殺してしまったから、一緒に逃げてくれと迫った。そこへ、旅支度の太九郎が帰って来た。小平次を見てハッと道中差を抜くと、また殺すつもりか、と小平次は絶望的に恨めしい声をあげた。余りの無気味さに慄然としている太九郎をよそに、小平次はおちかの手を引いて連れて行こうとした。それを見た太九郎は思わず刀を抜いて小平次を刺してしまった。--追手を逃れて太九郎とおちかが旅に出て早や二カ月。その間、太九郎は絶えず青い顔に傷のある小平次の幻影におびやかされ続けた。確かにあの沼で死んだ筈の小平次が江戸に姿を現わしたくらいだから、きっとあいつは死んでいない。俺達の後を追っているに違いないと信じこんでいた。その恐怖から逃れようと夜さえ旅を続ける始末におちかは疲れて動けなくなってしまった。真暗闇の海岸。打ち寄せる波の音が、いつしかドロドロと太鼓の音に変わる無気味さ。太九郎は、今はもうおちかどころではなかった。お願いだから捨てないでおくれ、というおちかの声を残して闇の中へ、そして彼に追いすがるおちか。その二人の後を、小平次に似た旅の男がトボトボついて行く。真暗な闇の中にドロドロと太鼓の音だけが高く低く鳴り響いている。