昭和十一年、北九州の或る中都市に小森彦太郎というお人好しで馬鹿正直な男がいた。彼は先祖代々の田畠を売り、妻子と別居してまでも糞尿汲取業に身を打込んでいる。ボロトラック一台あるきりの「衛生舎」がそれで、毎月僅かな汲取料を貰うのに四苦八苦していた。市の有力者の赤瀬の口添えで、彼の事業は市の指定になっているが市からの補助は雀の涙ほどもない。そこで彼は同業者の結束を図り、組合を作って汲取料の値上げをしようと呼びかけるが、赤瀬と対立している同じ有力者友田の手で邪魔されてしまった。彦太郎が赤瀬に相談すると、赤瀬は自分の娘婿で経理にくわしい阿部丑之助を紹介した。阿部はこれまでなかった帳簿を作り、汲取嘆願書を市役所に提出した。この嘆願書は忽ち大反響を捲起し、市会でもこれを取上げるに及んでついに汲取料の増額が決定した。今では見違えるばかり美しくなったトラックに乗りニコニコ顔の彦太郎のところへ、ある日阿部から「衛生舎」が愈よ市に買収されることになったから権利金請求書に必要な実印を持って来るようにとの使いが来た。阿部を信じている彦太郎は急いで駈けつけ、いわれるままにべタべタ印を押したものの、権利金の分配は赤瀬が五割、阿部が二割五分、彦太郎が二割五分と聞かされて愕然とした。余りのことに茫然とした彦太郎は抗弁する気力も失い梢然と帰った。--今日は愈よ「衛生舎」買収調達の日だが、市役所に彦太郎の姿がいつまでたっても現われないので阿部たちはいらいらしていた。だがその頃、彦太郎は「衛生舎」も今日限りと早朝から汲取った糞尿を処理しに行ったところ、友田一味がまたまた妨害して来た。さすがにお人好しの彦太郎も遂に怒りを爆発、長い糞尿柄杓を取るや黄金水を雨の如く友田一味の頭上へ撒き散らした。自ら返り糞尿を浴びた彦太郎は、その足で市役所に駈け入り驚く一同を尻目に、あっという間に契約書を引き裂いてしまった。