江藤夏雄は学費生活費をはげしいアルバイトで稼ぎながら、大学へ通っている。貧しい裏街のアパート。隣室には無気力な父、病身の母、幼い妹を抱えて夜の女に身を落した娘万里が住む。疲労しきった二人は、互いの好意を言葉にする力さえない。同室する学友吉田は高利貸大岩から卸した外国製品が自動車にふれて散乱し、彼らの一ケ月の生計費にちかい被害を蒙むった。絶望する彼をはげまして夏雄はともども詑びに出かけたが、大岩の剛慾ぶりは変らなかった。弁償として遺品の銀時計を大岩につきつけ、吉田はその夜、鉄道自殺した。もう一人の学友、川端は結核に犯され、特効薬をもとめようにもその余裕がない。まじめに学ぶじぶんたちが窮迫し、不正を働く者が肥ってゆく社会。--夏雄の頭はしだいに混乱した。川端に薬代をあたえるために、夏雄は大岩殺害を決意する。憑かれたように大岩の家に忍びこんだ彼は、ステッキで相手を撲殺し、それを目撃した中年の女中をも殺害する。かすめた金六千円の大部分は、それとなく川端に与えたが、それよりはげしい苦悩が日夜彼をひき裂いた。恋する女の敏感さでいちはやく事件の真犯人と勘ずいた万里は、しかし彼のすべてを温く包容してやった。ペンキ屋が被疑者として拘引されたのを知った夏雄の苦悩は極度に達する。ついに耐えかねた彼は万里に一切を告白し、彼女に伴われて自首した。彼の実直な日常への同情と大岩へのにくしみがまずしい隣人の証言を有利にみちびいて、判決は意外に軽く、十年であった。遠く網走へ護送される彼ら囚人一行のかたわらにピタリと寄りそった万里の姿があった。彼女は十年、網走で働きながら夏雄を待つ決意なのである。