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ガラスのうさぎ(1979)

  • がらすのうさぎ
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  • 平均評点

    66.5点(17人)

  • 観たひと

    30

  • 観たいひと

    4

  • レビューの数

    1

基本情報

ジャンル 戦争
製作国 日本
製作年 1979
公開年月日 1979/7/14
上映時間 105分
製作会社 大映映像=共同映画全国系列会議
配給 共同映画全国系列会議
レイティング
アスペクト比 スタンダード(1:1.37)
カラー/サイズ カラー/スタンダード
メディアタイプ
音声
上映フォーマット

スタッフ

監督橘祐典 
脚本立原りゅう 
原作高木敏子 
企画荒木敬二郎 
製作武田敦 
野原嘉一郎 
プロデューサー亀田誠志郎 
佐藤正大 
撮影山本駿 
美術平川透徹 
内田欣哉 
音楽小六禮次郎 
録音本田孜 
照明伴野功 
編集香園稔 
助監督出倉寿行 
スチル吉田一法 

キャスト

出演長門裕之 
長山藍子 
蛯名由起子 敏子
大和田獏 長兄
佐久田修 次兄
日色ともえ 井上しげ
夏桂子 篠田
木村理恵 田辺ふみえ
荒木道子 井上のおばちゃん
今井和子 田辺しずえ
岩本多代 女学校教師
三崎千恵子 郡山のおばちゃん
花澤徳衛 役場の史員
福田豊土 大野
藤原釜足 隠坊
前田武彦 住職
正司歌江 大崎のおばさん
ハナ肇 中島医師

解説

十二歳の少女の体験を通して戦争を知らない子供たちに、戦争の悲惨さと恐ろしさを訴える。高木敏子が母が子に語る戦争体験として書いた同名の小説の映画化で脚本は「わが青春のとき」の立原りゅう、監督は「教室二〇五号」の橘祐典、撮影も同作の山本駿がそれぞれ担当。

あらすじ

昭和十九年、敗色のこくなる一方の日本は、生活必需品は配給制になって久しく、学生は学徒兵として出征し、壮年男子も軍需工場に動員され、十四歳以上の女学生も女子挺身隊員として徴用されていった。東京両国の川井ガラス工場も、父の房雄が最後のガラスのうさぎの置物を作っていた。工場は軍の指定工場になる予定であった。小学六年生の敏子の二人の兄も、既に特攻隊員として志願していた。長兄の昭雄は戦地への出発を前に家族に別れを告げに来るが、病弱の母と口論となって、悲しい別れとなってしまう。二日後の次兄、和雄の別れは敏子一人が西宮に行った。やがて空襲が激しくなり、敏子は妹の友子と文子を連れ二宮に疎開するが、幼い妹達は母恋しさに東京に戻ってしまう。一人残った敏子に、母と妹が三月十日の東京大空襲で行方不明という知らせが入った。父と二人で工場の焼跡を掘りだす。が、遺体は見つからず、無残に溶けたガラスのうさぎが出て来るのだった。八月五日、敏子と父が新潟へ向かう列車を二宮駅で待っていると、突如米軍機が襲いかかり、父は敏子の目の前で殺された。ひとり残された敏子は、父の遺体を運び、埋葬の手続きをすますのだった。悲しみにうちひしがれ、夜の海に歩み入る敏子だが、「私が死んだら誰がお父さんのおとむらいをするの……」。暗い波の中から再び立ちあがった。八月十五日、父の死から十日たらずで敗戦となった。次兄の和雄が復員してきた。「大きいお兄いちゃんが帰ってきたら三人でガラス工場をつくろう」と敏子は、亡き父母から託された貯金を兄に渡す。やがて長兄の昭雄も復員してきたが、敗戦の混乱の中、生活はきびしく、“三人でガラス工場を”という願いもかなえられない。しかし、十二歳の少女敏子は、焼け溶けたガラスのうさぎを両親の墓に埋めると、けなげに荒廃した街へ歩きだすのだった。

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