定紋入りの高張提灯が入口に灯って家の中から高砂屋の謡曲が闇えてくる。父が金山を所有する大金特の一人娘、お島が養子、新三を迎えるお祝の宴が開かれていた。お島には、さわという従姉妹がいた。二人は幼い頃から姉妹のように育って来たが、さわは自分よりすべてに恵まれているお島に深い嫉妬を抱いていた。その夜、さわの枕元には何を念じたのか二本の線香が立てられていた。そして二階の寝室で奇妙な事が起っていた。新三が新妻のお島を抱こうとすると、体の力が抜けてしまって目的を達することができないのだ。二人の寝室の暗闇に、得体の知れない憎悪の眼が光っていることに誰も気付かなかった。新三は、お島を片輪者とののしり、自分に言い寄ってくるさわと密通を重ねた。お島は、母と行者の雲竜を尋ねた。雲竜は新三に邪神邪霊がついており、お島に別れることをすすめた。お島は、悪霊を払うため雲竜と滝に打たれたが、呪文をとなえて激しく迫る雲竜にいつしか犯されてしまった。大正十二年、関東大震災が起った。一夜のうちにお島は両親も家も店もなくした。避難民にまじって歩くうち、お島は伊原という男と知り合った。伊原には妻子がいた。だが、いつの間にか伊原とお島は体を許し合う仲になっていた。二人が情念を燃やせば燃やす程、不思議な事が起った。怪異な様相をした霊が二人の背後に現われて、二人を支配するのである。二カ月後、伊原の娘、千鳥が水瓶に落ちて死んだ。同じ頃、お島は伊原の子を宿した。千鳥の霊がお島にすがりついて離れないため、お島は伊原の子を堕す決意をした。十年が夢のように過ぎた。いま浅草で評判の仕立物屋があった。その仕立師こそお島であった。とある日、十数年ぶりにさわがお島を尋ねてきた。さわは、男運が悪く、いまでは私生児のお敏という娘と二人で暮らしていた。そのお敏が大店の若旦那、新蔵に見染められて、許婚の間柄にあった。さわは娘のために、評判の仕立師、お島を尋ねたのだった。さわは日頃信仰している婆裟羅大神の老婆に、お島が昔のうらみを忘れて、自分に協力するよう祈祷を依頼していた。その夜のこと。家に帰ったお島の耳に「婆裟羅大神婆裟羅大神」と祈る老婆の声が聞こえ、お島の前に異様な妖怪が現われては消えた。お島が産婆からもらった観音様の数珠を身につけると、全身がケイレンして次第にお島の顔が妖婆に変わっていった。そんな頃、老婆はさわに、お島は霊格の高いものを持っていることを告げ、さらに祈祷を繰り返さねばならぬと話した。数日後、何喰わぬ顔でお島を訪れたさわは、目ざとく数珠を見つけて、その数珠を婆裟羅大神の神前で燃やしてしまった。その夜、お島の部屋に奇怪な影が迫り、強烈な力でお島を押し倒して彼女の生気を吸い取ってしまった。お島は急に六十歳の老婆に面変わりをした。数週間経った。さわの一人娘、お敏が行方不明になった。さわは心労で寝込み、お敏の許婚者、新蔵は必死でお敏を探していた。新蔵は、ある一軒家でお敏を見つけたが、恐ろしいことが起るから、とお敏は新蔵を家に入れなかった。その家の中では、お島が妖婆に変わり、お島のまつる婆裟羅大神の神前にお敏は湯巻き一つで縛られていた。お島の呪文に、婆裟羅の神が音もなく暗闇に忍んで来て、お敏の体にのり移った。妖婆の呪文が続くなかで、お敏は死人同様の眠りに落ちて行った。しばらくして新蔵とさわがお島の家に飛び込んで来た。ぐったりしたお敏を新蔵が助け起こし、さわが突差に刃物でお島の胸を突いた。お島は身をひるがえすと、裏の川に身を躍らせた。その瞬間、さわの首に刃物が突き通って鮮血が噴き出した。さわは、川面をのたうち廻って、やがて水底に没していった。翌朝、さわの死体はあがったが、お島の死体はなぜかあがらなかった。