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生きてみたいもう一度 新宿バス放火事件

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  • 平均評点

    64.2点(25人)

  • 観たひと

    32

  • 観たいひと

    3

  • レビューの数

    4

基本情報

ジャンル ドラマ
製作国 日本
製作年 1985
公開年月日 1985/3/2
上映時間 126分
製作会社 ヴァンフィル
配給 東映クラシックフィルム
レイティング 一般映画
アスペクト比 アメリカンビスタ(1:1.85)
カラー/サイズ カラー/ビスタ
メディアタイプ フィルム
音声 モノラル
上映フォーマット 35mm

スタッフ

監督恩地日出夫 
脚本渡辺寿 
中岡京平 
恩地日出夫 
原作杉原美津子 
企画伊藤満 
製作植村伴次郎 
プロデューサー木村博人 
撮影上田正治 
岸本正広 
美術本多好文 
音楽毛利蔵人 
録音谷村彰治 
照明小島真二 
編集阿良木佳弘 
助監督下村優 
スチール勝村勲 

キャスト

出演桃井かおり 石井美津子
石橋蓮司 杉原荘六
初井言栄 石井なお子
高沢順子 石井敏子
岸部一徳 石井義治
佐藤慶 中島研郎
原田大二郎 斉藤宏保
柄本明 丸山博文

解説

実際に起きた無差別凶行《新宿バス放火事件》に遭遇した女性の愛と苦悩を描く。杉原美津子の手記『生きてみたい、もう一度』の映画化で、脚本は「イヴの濡れてゆく」の渡辺寿、「ザ・オーディション」の中岡京平、「しあわせ」の恩地日出夫の共同執筆。監督は恩地日出夫、撮影は「F2グランプリ」の上田正治と「逃がれの街」の岸本正広がそれぞれ担当。

あらすじ

1980年8月19日、夜、京王バスが浮浪者・丸山博文によって放火された。乗客の一人・石井美津子は、全身やけどをおい大学病院に運ばれる。プロカメラマンの彼女の兄・義治は、妹が乗っているとも知らずシャッターを押していた。美津子は浦安の葛南病院に転院、中島医師の治療をうけ、長期間の入院加療が必要であり、生命の危険を有すと診断される。植皮手術のあと、彼女はリハビリを受け、母なお子と外出できるまで回復した。そして、植皮手術完了後、美津子は同じ編集プロダクションに勤めていた愛人・杉原荘六と喫茶店で会った。彼女はバスが放火された時、今死ねば楽になると一瞬立止ってしまったことを告げた。荘六には妻がおり、当時、美津子は彼のため金策に走りまわっていたのだ。春になり、荘六の妻がガンで死んだ。美津子は退院した。ある日、荘六が美津子に結婚を申し込みに石井家を訪れた。二人は一緒に暮らすようになる。美津子は以前、自分を取材しにきたNHK社会部の記者・斉藤に頼み、丸山の初公判の際の検事側冒頭陳述書を見せてもらう。美津子は荘六の妻が死んだことで丸山と自分が同じなのではないかと思いはじめていた。荘六の事業がうまくいかなくなり、美津子は家賃が滞納になっていることを知った。また、借金取りからの電話が続いた。美津子は留置場の丸山に手紙を書いた。後日、彼女は丸山に面会に行くが拒否される。翌日、丸山からの返事が美津子のもとに届いた。喜ぶ彼女に荘六は死のうと言いだす。二人は北陸本線に乗って東尋坊に着いた。その夜、美津子は斉藤にいますぐ来てほしいと連絡した。それを知った荘六は、舌をかみ切ろうとする。暫くして、斉藤がやって来た。彼は二人を東京に連れ帰って、弁護士に紹介した。美津子は荘六とともに生きたいと心の底から思った。二人は債権者から逃げるため、一時東京を離れた。戻ってきた美津子に、なお子は家に帰ってくるように説得するが、美津子は聞きいれない。そして、丸山に無期懲役という判決がでた。

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