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この子を残して

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  • 平均評点

    71.4点(29人)

  • 観たひと

    48

  • 観たいひと

    4

  • レビューの数

    6

基本情報

ジャンル 戦争 / 社会派
製作国 日本
製作年 1983
公開年月日 1983/9/17
上映時間 128分
製作会社 松竹=ホリ企画
配給 松竹
レイティング
アスペクト比 アメリカンビスタ(1:1.85)
カラー/サイズ カラー/ビスタ
メディアタイプ
音声
上映フォーマット

スタッフ

監督木下恵介 
脚本山田太一 
木下恵介 
原作永井隆 
製作笹井英男 
東條あきら 
金沢博 
斎藤守恒 
撮影岡崎宏三 
美術芳野尹孝 
音楽木下忠司 
録音島田満 
照明佐久間丈彦 
編集杉原よ志 
助監督横堀幸司 
スチール金田正 

キャスト

出演加藤剛 永井隆
十朱幸代 永井緑
中林正智 永井誠一
西嶋真未 永井茅乃
淡島千景 ツモ
山口崇 現在の誠一
大竹しのぶ 三岸昌子
神崎愛 三岸静子
麻丘めぐみ 山崎敏江
福田豊土 佐川先生
加藤純平 松田陽一
今福将雄 平田重造
杉山とく子 平田マツ
山本亘 山本卯太郎
野々村潔 国民学校老教師
浜田寅彦 青木信太郎

解説

長崎の原爆で妻を失くし、自らも被爆した医学博士が、自分の体験を後世に残すため書き綴る姿を描く。永井隆原作のノンフィクションの映画化で、脚本は山田太一と「父よ母よ!」の木下恵介の共同執筆。監督も木下恵介、撮影は「南十字星」の岡崎宏三がそれぞれ担当。

あらすじ

昭和二十年八月七日、長崎医大放射線科の医師、永井隆は日増しに激しさを増す空襲に、十歳の息子・誠一と五歳の娘・茅乃を、妻・緑の母・ツモの居る木場に疎開させた。その夜、緑は診察のため長い放射線をあび、自ら命を縮めようとしている隆に休息するよう懇願するが、彼は患者が増えているからと聞き入れない。八月九日、午前十一時二分。川で泳いでいた誠一は、浦上の方で空がピカッと光るのを見た。そして突風が津波のように押しよせてきた。街の方で何かあったのかもしれないと様子を見に出かけたツモは、日が暮れてから漸く緑の骨を缶に拾って戻って来た。次の日、ツモが誠一を連れて焼跡を訪れると小さな十字架が立てられていた。ツモは隆がここに来たと言う。隆はその頃、被爆者の救護活動をしていた。ツモと骨を拾っていた誠一は焼け焦げた縁のクルスを拾う。八月十五日、日本は無条件降伏し戦争は終った。隆は放射線医として原爆の記録を綴っていたが、子供たち二人のために、たった一人の母の思い出と、人間としての尊厳を守る強い愛を残そうと自分の体験を執筆し始めた。新学期から誠一が大村の学校に変わることになった頃、緑の妹・昌子が尋ねて来た。彼女は修道院へ入ると言う。そして、昌子は原爆の落ちた日、生徒たちを置き去りにして防空壕へ逃げ、ついて来た一人の生徒が仲間を助けようとし眼の前で死んだこと、自分は何もせず怖くて茫然としていたことを告げる。隆は執筆のために建てた如己堂で何冊も脱稿するが、進駐軍の検閲が厳しく一冊も本にできなかった。そして、三年後の四月一日、「長崎の鐘」が発売された。一九五一年、隆は四十三歳で亡くなり、翌年、ツモが後を追った。誠一は成人し、今は世界の戦地を回る通信記者になっていたが、父の教えを立派に守っていた。

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