音信不通だった亡き父親が所有する山を処分するため40年ぶりに故郷に戻った息子(竹野内豊)が落石に車で衝突、異次元の森に迷い込んだ彼がその場所に来た理由を探し出そうとして父親の秘密に迫っていくファンタジー作品。冒頭は土地開発業者(山田孝之)と竹野内を乗せた車を蜂の視点で俯瞰撮影した場面。後々分かるのだが森の中で出会う女たちの正体は森の生き物(マムシやフクロウもいた)の化身であり、それ故にセリフが一言もなかったのだ。
竹野内は森に連れてこられたのは偶然ではなく必然なのではと思い始める。さらにこの森には人間が生まれてきた理由の答えがあるのだとも。それを解明する手掛かりは亡き父親が何故森を守ることに執着していたのか、その一点に絞られてくる。徐々に理論的になっていく竹野内に対して山田は露骨に粗野な一面を見せ始める。そもそも何故東京の開発業者が田舎の山に興味を持ったのか。理由は国が計画する放射性物質の最終処分場の建設計画にあった。竹野内の父親はその計画を知り建設中止を訴える材料として山にある活断層の存在を掴んでいたのである。その事実が明るみに出ないよう山田によって殺害されていたというのが真相だった。
土地開発を巡る人間のエゴと金銭欲を描きつつ、生きとし生けるものが自然と共生する高潔さのコントラスト。本作の見どころを簡潔に表現するならこれに尽きるだろう。父親からの手紙を読んだ竹野内はその遺志を汲んで森を守り抜くことを決意する。しかし欲望の権化となった山田によってその夢は砕かれ息絶えてしまう。考えて見ると異次元の森で起きた諍いの数々は現実社会が抱える難題の縮図と解釈できるだろう。時折竹野内が口にする歯の浮くようなセリフには失笑したが総じて生真面目な作品という印象だった。
ラストは竹野内の父親が守ってきた森の家にシングルマザーとして住むことになった恋人と遺児が仲睦まじく暮らしている場面。竹野内の命懸けの行動が無駄では無かったことが示されていた。女優陣のなめまかしさ(観客へのサービスなのかも)が作品を迷走させた気がしないでもない。