グラン・トリノ

ぐらんとりの|Gran Torino|GRAN TORINO

グラン・トリノ

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レビューの数

126

平均評点

83.6(1015人)

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1787

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ジャンル ドラマ / 社会派
製作国 アメリカ
製作年 2008
公開年月日 2009/4/25
上映時間 117分
製作会社 Village Roadshow Pictures=Malpaso Productions=Media Magik Entertainment
配給 ワーナー・ブラザース映画
レイティング 不明
カラー カラー/シネスコ
アスペクト比 シネマ・スコープ(1:2.35)
上映フォーマット 35mm
メディアタイプ フィルム
音声 ドルビーSRD/DTS/SDDS

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

誰にも心を開けず、死を待つだけの生活を過ごす孤独な老人と少年とが心を通わせていくヒューマン・ストーリー。「許されざる者」「ミリオンダラー・ベイビー」でアカデミー賞の作品賞と監督賞に輝いたクリント・イーストウッドが、激しくも静かに暴力の否定を訴える。製作・監督・主演をイーストウッドが務め、自身の主演作は「ミリオンダラー・ベイビー」以来となる。脚本は、本作が映画デビュー作となるニック・シェンク。他のキャストでは、「大いなる陰謀」のクリストファー・カーレイ以外は、ほぼ無名な新人たちで固めた。テーマ曲も、イーストウッド自身が手掛けている。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

妻を亡くしたウォルト・コワルスキー(クリント・イーストウッド)は、二人の息子や孫とも疎遠になった頑固で偏屈な老人だった。朝鮮戦争の帰還兵である彼は、戦場で人を殺した重い記憶から逃れられず、愛犬のデイジー以外には心を開けなくなっていた。妻と交流の深かった神父ヤノビッチ(クリストファー・カーレイ)からの懺悔の誘いも、ひたすら拒み続ける。かつてフォード社の自動車工だった彼の宝物は、ガレージで眠る72年型の愛車グラン・トリノだった。 ひとり暮らしを続ける彼の自宅の隣に引っ越してきたのは、東洋からやって来たモン族の一家だった。その息子タオ(ビー・バン)は従兄たちの不良グループからけしかけられて、グラン・トリノを盗もうとするが、それをきっかけにウォルトと出会う。タオの姉で人懐っこいスー(アーニー・ハー)とも知り合って、孤独だったウォルトの生活にも潤いが生まれた。父親のいない気弱なタオに対して、ウォルトは男としての誇りを教えていく。祖父と孫ほど年齢の違う二人は、次第に心を通わせあっていった。 しかし、不良グループたちは執拗なまでにタオを狙った。タオが傷つけられたことを知ったウォルトは、不良グループのメンバーのひとりを暴力で威嚇する。その報復として、タオの家は銃弾を浴びせかけられ、スーは暴行を受ける。 ウォルトの怒りは爆発した。一緒に戦いに行こうと叫ぶタオを部屋に閉じ込めたウォルトは、単身で不良グループの家へと向かう。彼らを怒らせたウォルトは、銃弾によって蜂の巣にされる。そして不良グループは警察から逮捕された。ウォルトの葬儀がヤノビッチ神父によって行われ、その遺言で愛車グラン・トリノはタオに与えられた。まるで新車のように輝くグラン・トリノには、ウォルトの半生が刻み込まれていた。デイジーを助手席に乗せてタオがハンドルを握ったグラン・トリノは、今日も街を駆け抜けていく。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2015年4月下旬号

「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ軌跡)」、その正体は果たして?:映画のキャラクターに俳優自身が重なって泣いてしまう映画 「グラン・トリノ」のイーストウッドは引退後のハリー・キャラハンだ

2009年5月下旬号

評論家発映画批評:「グラン・トリノ」

評論家発映画批評:「グラン・トリノ」

2009年5月上旬号

巻頭特集 イーストウッドは「神」じゃない 「グラン・トリノ」:クリント・イーストウッド「グラン・トリノ」を語る

巻頭特集 イーストウッドは「神」じゃない 「グラン・トリノ」:対談 小林信彦×芝山幹郎

巻頭特集 イーストウッドは「神」じゃない 「グラン・トリノ」:作品評

2009年3月下旬号

特別企画 いま、アメリカ映画は本当に面白くないのか?:短評「レイチェルの結婚」「グラン・トリノ」

2017/01/16

2017/01/17

77点

その他/CS録画 
字幕


進路に迷う長男と再々見。見たことないという女房とも。

R・B・パーカー「初秋」っぽいクリント・イーストウッド。
朝鮮戦争で少年を含めて10数人を殺したイーストウッド。
ベトナム戦争ではモン族はアメリカと共に共産勢力と戦った。アメリカが破れたため共産勢力からの迫害を逃れてアメリカにやって来た。それでもポーランド系カトリックの老イーストウッドからは黄色い米食い虫と蔑まれる。老人は頑固者。フォードで永年働いてきたが息子2人は日本車に乗ってることからして面白くない。妻を亡くし子供や孫からも疎まれている。愛車グラン・トリノを盗もうとした隣人モン族少年タオと付き合ううちに、人との関わり合いに目覚めトロ助少年を彼の考える、息子達をそうできなかったような「大人」に生長させることに喜びを感じていく。アイルランド系工事現場主任やイタリア系床屋主人との喋り方を教育するシークエンスの愉しさ。トロ助の姉スーと話すうちに彼女の知性、ユーモア、人間としての魅力に気づき、モン族料理の美味さにも目覚める。ビーフジャーキーに代表されるアメリカ食がいかに貧しいものかにも気づく。モン族の占い師?はこの頑固ジジイの境遇を恐ろしいほど言い当ててしまう。
軽蔑し憎んでもいた(日本車)アジア文化、アジア人達の奥深さに目覚めると同時に、病に冒され永くない自らの命をタオやスーの将来を守るために使おうと決心するのだ。
タオだけじゃなく頑固ジジイも人間的に生長したのだ。
感動。

2016/12/18

2016/12/22

74点

テレビ/有料放送/IMAGICA BS 
字幕


人生の終盤に

老兵ウォルトの隠居生活。
二人の息子。朝鮮戦争の贖罪。
異民族間の交流。其々の立ち位置。
北西部の町を舞台に住民が混じり合っていく様を一人の老人の目を通して描く。
隣人タオ。最後は暴力。
平穏とは程遠い老後。遺すこと。川の流れのように。
友達。名はデイジー。

2016/12/13

2016/12/13

87点

選択しない 


クリントイーストウッドかっこいい

最初は下品な言葉ばっかりでどんな映画やと思ったけど、めっちゃ笑えるし、ほっこりくる。
最後のイーストウッドの死に支度もすごくかっこよかった。
敢えて丸腰でいくところもチープな復讐じゃなくて本当にいい映画。

一番笑えたのはタオを床屋に連れて行くシーン。

2016/12/11

2016/12/11

85点

選択しない 


監督87
役者87
脚本85

2016/12/07

2016/12/07

83点

レンタル/北海道/TSUTAYA/TSUTAYA 帯広大通店/DVD 


とってもよかった
一言では言い表せないですね
見ればわかります
みなさんもぜひ

2016/11/26

2016/12/01

90点

選択しない 


男の象徴

ネタバレ

 イーストウッド演じる頑固親父コワルスキーを見ているとおそらく、ハリー・キャラハンが老後を迎えたとしたらこんな爺いになっているのだろうなと思ってしまう。差別用語を平気で連発し、チンピラに芝生を荒らされると条件反射のように銃を持ち出したり、弱者がいじめられていると黙っていられない性格だったりとかがよく似ている。50年間フォード社で働き、国産車をこよなく愛し外車(日本車)を貶す。一見ガチガチの保守主義の塊のようにも伺える。こんな頑固者の周囲にこれまた似合わないイエローたちが住み着く。この両者のちぐはぐなやりとりがユーモラスに撮られていて可笑しい。
 ただコワルスキーは過去に朝鮮戦争に従軍した経験があり、その時の悲惨な経験が心の傷となっていることがおいおいわかってくる。一方隣に越してきたタオたちモン族もベトナム戦争から逃げ出してきた難民たちであると知れる。ともに過去に戦争の傷を背負っている者同士。最初こそよそよそしかった関係もスーとタオ姉弟との交流をきっかけにして互いに行き交うようになる。その関係も自然で無理がない。
 自分の元を離れ暮らす息子や孫たちとはうまくいかず、むしろモン族の少年タオを息子のように気にかける。彼の内心にはおそらく戦争でタオぐらいの少年たちを殺してきたことへの償いにも似た感情が蠢いていたのかもしれぬ。行きつけの床屋の主たちと男の会話をタオが教わるシーンが面白い。自分の息子とは打ち解けた会話もしてこなかったウォルトがまるで罪滅ぼしのようにタオに接している。だからこそ彼の家族に訪れた危機は自分への脅威とも捉え敢然と立ち上がるのだ。自分の死期を悟っていた男は死へ旅立つ儀式(散髪、正装)を済ませて敵に立ち向かう。このシーンはほとんど往年の西部劇での決闘シーンを彷彿とさせる。ただ結末が違う。彼のふところには銃はない。ライターのみ。この覚悟が感動を呼んだ。妻の葬儀で始まった映画はコワルスキーの葬儀で閉じられる。男の生き方を教わりグラン・トリノのハンドルを握るタオの表情が晴れ晴れとしているラストシーンも素晴らしい。グラン・トリノはかつてあった古き良きアメリカの象徴であろう。ささくれだった人間ばかりになってしまった現代社会へのささやかな抵抗がこの車に象徴されているように見える。アメリカのいや男の生き方とはどういうものかを教わった少年にこそがこの車を駆る資格があるのであろう。