これは推測ですが、森繁久弥は久松静児がいちばんお好みの監督だったのではないか。かつて石原慎太郎が森繁に「いちばんお好きな監督ってどなたですか?」と質問したとき、豊田四郎とかマキノ雅弘を挙げるかと一瞬次の言葉を待ったが、彼は沈黙した。この質問は直球過ぎて答えるのが難しかったのかもしれない。で、今にして思うと「久松さんですかねぇ」と答えそうな気がしている。
久松静児監督作品には18本ほど出演している。特定の監督への出演本数で一番多かったのではないか。そればかりではない。森繁が自らプロダクションを起こしてまで映画化に漕ぎつけた「地の涯に生きるもの」は久松静児が監督している。
久松静児監督の作品では、森繁の出る「警察日記」が一番脂の乗り切った演出だったと思う。何度も観たくなる作品のひとつである。
峰京子が二役を演じていて、森繁と丹波哲郎が、そのどちらの女をも好きになる三角(四角?) 関係の愛憎劇は長谷川伸原作の味わいか。
峰京子の二役が物語の展開に深い意味を含んでいるのである。死んでしまった女と瓜二つの女を求める話は新藤兼人の「銀心中」や岩井俊二の「ラブレター」の核になる話で、ときどき映画で扱われるエピソードである。人間の想いとして、けっこう普遍的なのかもしれない。少なくとも「好みのタイプ」というのがある(男だけの話ではない)。
藤山寛美が生き生きとしていて面白かった。ブレイク直前の頃だと思う。