小石川養生所が主な舞台である.時にはキャメラはこの「臭い」とも言われる舞台を飛び出して界隈に入ることもあるが,そこもまた臭いような場所でもある.
ところで,そのキャメラに人物たちは,ひとりでおさまるということはない.つまり会話であってもシンプルな切り返しなどはなく,妙にフォトジェニックな人物配置や立体性が見えてきている.療養所では医師や患者だけでなく,賄いや入所者の家族など関係者も出入りし,心身の病気が核となってその周辺が見えてくる.
養生所には,臨終と荘厳がある.赤ひげ(三船敏郎)はこうした死の臭いと尊厳に見せられた者として,市井に身をおいて,その魅力を余すところ貪る存在であるとも言える.死に際にある六助(藤原釜足)だけでなく,外科手術の様子を保本(加山雄三)に見せ,保本は不意に狂女(香川京子)から往診を求められ,襲われ,その危機から保本は赤ひげに救い出される.この時,赤ひげには企みがあったのだろうか.狂女は語り出す.六助の娘(根岸明美)も語り出し,病床にある佐八(山﨑努)も虫の息で,おなか(桑野みゆき)とのいきさつを語り出したかと思うと,そのおなかも佐八の回想の中で,さらに回想を重ねるという重層的な語り口が示される.
思えば,前半は音楽がほどんどなく,効果音なども排除されている.しかし,こうした語りの中にメロディが奏でられ始める.ムジナ長屋には大雨が降り続けている.酔っ払っている平吉(三井弘次)も現れる.揺れる.崖崩れで骸骨が出てくると,障子を閉めてその災害は消される.しかし,地震が回想され,焼け野原の風と煙が見え,風鈴が一斉に鳴り出す.赤子が泣き出す.この養生所(に集まる人々の想像の中)には幻想が広がっていく.ここに導いたのは津川(江原達怡)で,保本は彼に案内されている.また,先輩医師の森半太夫(土屋嘉男)とお杉(団令子)というカップルもあり,お仕着せを着ているかどうかもポイントとなる.
外には,家老(西村晃)や松平壱岐(千葉信男)といった武士たちの世界もあり,また岡場所などとして女主人(荒木道子)が現れ,櫻屋のきん(杉村春子)が個性を発揮する.きんはのちに大根で殴られる.そこには折檻をされすぎて固まっているおとよ(二木てるみ)がいる.彼女は,まじまじと見つめてきて,彼女の目元に不自然なぐらいのスポットの光が当てられている.彼女は雑巾がけをして,お盆を拭いているのも異様に見える.そして保本のナレーションが入ってくる.それは日記を読んでいるようでもある.風が吹き,外は雪が降っている.梅の花が見え,ウグイスの声が聞こえ春にはったかと思うと,また雪が降ってくる.こうした背景の中で,保本の母(田中絹代)と父(笠智衆)が並んで見え,保本はまさえ(内藤洋子)は祝言をあげている.養生所には,衣類のほかに,布団が干してある場所がある.「小ねずみ」の長坊(頭師佳孝)は「馬になりてえ」というぐらい貧困と飢餓に喘いでいる.彼も布団に寝て,やばい顔をしている.彼には彼なりの幻想がある.