今から20年以上前になるが「踊る大捜査線」の脚本家で知られる君塚良一氏がキネマ旬報に連載を持っていた。一回につき一本の作品を取り上げてシナリオライターの視点から丁寧に読み解くという、いわば映画ファン向けのシナリオ講座のような内容。その連載で本作が取り上げられ大絶賛されていた。その頃からずっと見たいと思っていたがようやく念願かなって観賞の運びとなりました。
戦争を背景にした恋愛作品は数多あるけれど大人のメロドラマという括りで考えると本作は最上位に位置する。ストーリーは単純明快。妻子持ちのラジオの修理工(ジャン・ルイ・トランティニャン)が家族と共に汽車で疎開先に向かう。身重の妻と娘は客車、主人公は最後尾の貨車に乗る。ここでどこか陰のある美女(ロミー・シュナイダー)と出会い一瞬で恋に落ちていくというもの。機関車の故障で緊急停車したり、敵機に爆撃されたりしながら汽車は目的地を目指していく。貨物車両という密室空間が主な舞台なので人間関係のあつれきが当然描かれる。誰も彼も命からがら逃げおおせて来たのだから自身の身を守ることで手一杯のはずなのに、乗客たちは最初こそギスギスしていたが徐々に打ち解けていく。派手めの中年女性は乗客の男と懇ろになり皆が寝静まると情事に耽る。その横ではトランティニャンとシュナイダーもことに及ぶ。この二人は汽車が修理のために停車したときにも少し離れた茂みの中で愛を交わしていた。非常事態にもかかわらず不謹慎と考える人もいるだろうが、やはり人間はどんな時も人を愛し愛されないと生きていけない生き物だという真理のような感情に行き着いた。それくらい二人の愛情交歓は崇高なものだった。
シュナイダーの生い立ちに敢えて踏み込んでいなかったのはラストのサプライズに向けての周到な準備といったところだろう。警察署に形式的な調査で呼び出されたトランティニャンは2年前にシュナイダーの為に作った仮の結婚証明書が悪用されたと聞かされる。彼女の写真を見せられても一切反応しなかったトランティニャンが部屋に連行されたシュナイダーを見た途端、徐々に態度を変化させる。片方の手を彼女の頬に当てたまま無言で見つめ合う。署長は思ったとおりだと口にする。シュナイダーはロンドンで活動するレジスタンスの連絡員だったのだ。もうこの時の二人は早晩処刑される覚悟が出来ていたはず。それがわかっていても愛する気持ちを抑えきれない二人。特筆すべきは二人が一言もセリフも喋っていないこと。お互いの表情の演技のみで再会の戸惑いや喜び、その先の絶望や運命を受け入れる覚悟までもが表現されていた。これぞ一代の名作映画!