パスワードを忘れた方はこちら
※各情報を公開しているユーザーの方のみ検索可能です。
メールアドレスをご入力ください。 入力されたメールアドレス宛にパスワードの再設定のお知らせメールが送信されます。
パスワードを再設定いただくためのお知らせメールをお送りしております。
メールをご覧いただきましてパスワードの再設定を行ってください。 本設定は72時間以内にお願い致します。
戻る
KINENOTE公式Twitter
映画・映画人登録リクエスト
ダウントン・アビー/グランドフィナーレ
Like2
はっきり言うと、こんなに傲慢な話はない。アメリカ人の詐欺師にイーディスが「姉とのことをバラしたら社会的に抹殺する」みたいなことを言うシーンはあまりにもひどい。王室や爵位のある貴族は、最後にこうした圧力をもって弾圧する。映画1作目でも、ゲイバーで謙虚されたバローを救うために王室の名を語り警察に圧力をかける。 こうした恐ろしくも心苦しいシーンを随所に示しつつ、貴族の名誉と威信を保つことの難しさを、製作者であり脚本家でもあるジュリアン・フェロウズは大胆にドラマ化している。特に本作では、人気作家ノエル・カワードを登場させて、ゴシップに揺れるアビーに絡ませる。前作では映画撮影にアビーが使われたことと繋がっている。 冒頭の劇場のシーンが美しい。そしてここで演じられる若い女性と音楽教師の駆け落ちを描いた「ビタースイート」。歌われる楽曲は「I’ll See You Again」、日本で言うと「別れても好きな人」か。この壮大なドラマで失われて人物を冒頭の一曲で蘇らせる。そしてこのドラマでは、失われた最も存在感の大きいヴァイオレット(マギー・スミス)が君臨する。 タイトルの「グランドフィナーレ」は世代交代を示す。領主の地位を受け継ぐメアリー。ほかにも執事や料理人として長く貢献してきた人物が次々と世代交代してゆく。しかし、貴族と使用人は触れ合うことがない。 最後にゴシップを救ってくれたメイズにメアリーが礼を言う。そしてアビーを離れるコーラが引退する料理人のバットモアとハグをする。決して触れ合うことのない貴族と使用人の関係が、絶対あり得ない最後に結ばれるシーンに胸が熱くなる。アメリカ人のコーラだからできることだろう。 返す返すも、このドラマは貴族の傲慢さを示すものだ。しかしそれでも彼らの存在があって領地の雇用も守られている。いかにも強欲な資本主義の象徴とも思える使用人も含む大家族のような関係に、なぜこれほど心を奪われるのだろうか。
鑑賞日
登録日
評点
鑑賞方法
送信