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はだしのゲンはまだ怒っている
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今年鑑賞した1983年版アニメ「はだしのゲン」は、原爆が落ちた日の光景を冒頭から真正面で描き出す。ゲンが小学校の壁を背に近所のおばさんに声をかけられたあの場面。壁に押しつぶされて生き残ったゲンの向かいには、丸焦げになったおばさんが倒れている。広島の街には今、この惨劇の面影はほとんど残っていない。だが、それを語り継ぐボランティアの方々の姿に、なお続く「伝える」営みの重みを感じる。 中沢啓治さんが「はだしのゲン」で示したかったのは、日本が被爆国であると同時に加害国でもあるという事実、そしてアメリカの属国となった戦後日本が原爆投下を国際法違反とすら明言できない構造である。この二点を棚上げにしたまま「世界唯一の被害国」と主張するのは、あまりに短絡的ではないか。 この映画は、神田香織さんの講談で始まり、腹話術の小谷孝子さんが子どもたちに向けて「世界中に友達を作ってください」と語りかけて終わる。あまりにも素朴で、しかし本質を突いたメッセージだ。残酷さの果てに何があるのか――今こそ私たちは考えるべきである。 ところが、この国は「はだしのゲン」を教育の場から露骨に消し去ろうとしているという。学校図書館からの排除、教科書教材の差し替え。作品に込められた怒りが、まるで現実になっていくようだ。映画には九十歳を超える被災者が次々と登場するが、その語りが示す戦争の現実を、想像する力そのものが私たちから失われつつあるのだろう。 生きるためにゲンが盗みをするシーンは「教育にふさわしくない」と批判されたが、盗みでもしなければ飢えて死ぬという戦後の食糧難を想像すらしない人々による愚かな判断である。想像力の欠如こそが、作品を学校から追放する最大の理由なのだ。 いまこそ怒りを行動に変え、「はだしのゲン」をより広く手渡していくべきだ。そのためには、この映画を若い世代が観る機会を増やすことが欠かせない。歴史が塗り替えられてゆく前に。
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