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みんな、おしゃべり!
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映画が始まる前、劇場のロビーでは手話のやりとりがあちこちで見受けられる。チケット売り場でも、言葉が文字に変換される機械が導入されている。なんということだろう。映画も素晴らしいが、映画を見る環境に工夫が施されていて胸が熱くなる。 映画館の雑踏がそのまま映画に投影されていた。素晴らしかった。 映画の始まりに「字幕も映画の一部です」と表示される。まさにこれがこの映画の全てを意味している。前半は特に言葉と手話のやりとりが混乱と混乱を呼び、それぞれの立場を強硬にし対立を激化させる。恐ろしいと思ったのは、教師も子どもたちの心理を理解できていない。言葉か手話かという見えない格差が教師にはわからない。クルド人も、トルコ語とクルド語とペルシャ語の違いが曖昧だ。 さきに鑑賞した「果てしなきスカーレット」で、女王に就いた彼女は話し合いで国を守ると宣言した。しかし、その言葉こそもっとも曖昧で不安定な道具であることがこの映画で示される。 後半になると、クラスで孤立する子供が独自の言葉を編み出すことなどをきっかけに、それぞれの対立が雪解けしてゆく。ここで言葉はほとんど失われてゆく。前半の騒がしさから後半の沈黙へ。要するに人と人との関係に言葉はいらないという意味なのだ。 【ネタバレになるが】この展開がさらに大きな結末に向かう。なんと主人公の電気屋で売る宇宙に向けたライトで、「未知との遭遇」のように宇宙人が到来する。それまでの彼らであれば、宇宙人と敵対するのだろうが、手話とクルドの対立は瓦解し、宇宙人を受け入れようとカメラに向かって大勢がアピールして終わる。 終わったあと気づくのだが、宇宙人は鑑賞している我々だったのだ。 社会が分断され、排外主義的な社会が蔓延、一国のトップが近隣国に戦争を仕掛ける宣言を国会で堂々と発言する。こうした現実を見据えたかのようなこのコメディの顛末はあまりにも挑発的でもある。 コーダの少女とクルドの少年が、カラオケで帰りにバスに揺られるシーンは「卒業」だ。世間から見捨てられた男女が将来不安を表情に示して終わるラストに、この映画のあのシーンがとても暗示的に映る。 いいかげん我々は、対立という無益な関係から”卒業”するときなのではなかろうか。
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