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鑑賞日 2025/11/24  登録日 2025/11/24  評点 100点 

鑑賞方法 映画館/東京都/TOHOシネマズ西新井 
3D/字幕 -/字幕
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細田守作品の到達点──世界と日本を同時に照らす光と影

細田守の最新作は、明確に彼のフィルモグラフィの到達点であり、同時にこれまで避けてきた領域──政治性──にとうとう踏み込んだ作品だと感じた。前作が「美女と野獣」の構造を踏襲した安全圏の寓話だったとすれば、今作は『ライオン・キング』のムファサ王を思わせる王権神話に、北欧の復讐劇(ハムレットの源流たるアムレート伝承)を重ねあわせている。そこへ日本からタイムリープしてくる看護師・聖という“異物”を挿入する。あまりに奇妙で、しかし極めて意図的な構図である。

聖が敵に向かい、「武器を捨てよう」と静かに、しかし切実に語りかける場面が何度も登場する。これは、もはや寓話では済まされない。
2020年代の世界情勢──特にガザでの虐殺のように「戦争」と呼ぶことすら欺瞞的な暴力──を見れば、観客がそこに現実を重ねるのは自然な反応である。

細田は一貫して“戦争を描いてきた”と言えるが、それは常にデジタル空間や仮想世界に隠された間接的比喩だった。『サマーウォーズ』『僕らのウォーゲーム』『竜とそばかすの姫』。しかし本作では、その抽象を捨て、死と暴力の構造そのものを正面から描いている。

つまり細田守はついに、「日本的非政治性」の殻を破ったのである。
過去作品を想起させる黒い竜は、単なるセルフオマージュではない。
水、光、竜が絡み合うシークエンスは、生命と再生を象徴する宗教的イメージであり、細田作品がここへきて神話的スケールを獲得した瞬間だ。

特に、終盤で光が観客席へ向けて放たれる場面は『2001年宇宙の旅』の“スターチャイルド”を明確に想起させる。世界のリセットを、主人公スカーレットが引き受けるという強烈な宣言である。復讐がテーマである以上、そこにはどうしても日本文化の影が落ちる。忠臣蔵のような、筋を通すことを美化する装置としての復讐。本作が北欧神話を舞台にしつつ、なぜこんなにも日本的な手触りを残すのか。その理由は、復讐劇が日本にとって「倫理」ではなく「様式」になってしまっているという事実にある。

細田はこの“様式化された復讐”を、死の世界の分断として描き直すことで、むしろ日本が長年避け続けてきた戦争観・国家観への踏み込みを促しているように見える。

ソニーが配給につくことで、確かに作品は露骨に国際市場を意識した構成になった。だが同時に、「日本の惰性」もまた露わになる。

聖は、介入し、救おうとし、語りかける。しかし現実の日本はどうだろうか。戦争に対し「どちらも悪い」「静観すべき」などと、倫理でも哲学でもない惰性的中立化の言葉に逃げ込み続けている。この映画を見て、「武器を捨てよう」という言葉に嫌悪や違和感を覚える日本人がいるとすれば、それは細田がようやく突きつけた“現実”にほかならない。

スカーレットは、王として堂々と市民に宣言し、その言葉が支持を得る。一方、現実世界のとある女性リーダーは、平和よりも戦争を好むかのような強硬姿勢を隠そうとしない。彼女こそ、この映画を最も観るべき人間だと思う。だが、残念ながら──おそらく観たところで、理解はしないだろう。