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鑑賞日 2020/11/25  登録日 2020/11/25  評点 60点 

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3D/字幕 -/字幕
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贖えることができない現実

ロン・ハワードの新作は実話を扱う。アメリカの地方都市にめぐる貧困による怒りの連鎖。どんな努力をしても家族の崩壊を止められない現実をこれでもかというほど厳しく重ねてゆく。最後はサクセス・ストーリーで終わっているが、実はこのまま崩れ去ってゆく家族のほうが現実は圧倒的に多いことだろう。

この映画は俳優の勝利だろう。最後に実在の人物が映像で流れるが、エイミー・アダムスやグレン・クローズがあまりにも似ていて驚く。いずれもキャリアのある俳優だが、これまでにないキャラクターを演じる。この二人でなければこの映画の真意は伝わるまい。

エイミー・アダムスの母親は看護婦でありながら薬物中毒。その母親グレン・クローズは夫と喧嘩して火をつける荒い気性。この二人の気性の荒さが家族全体に影響する。

貧困がこの現実を生み出している。そしてこの現実を多くの人が理解しているだろう。病気になっても病院に入れない。お金を払いたくてもカードが使えない。この現実こそアメリカの現実であり、世界の現実だ。そしてますます貧富の差は大きく広がる。せっかくロースクールを出ても、食事のマナーも知らない。フォークとナイフの持ち方もわからない。このあたりの演出が実にうまい。主人公の目線でテーブルをきょろきょろするシーンがある。まさにヒルビリー(田舎者)の心境を見る側で演出している。このテーブルで故郷のことを侮辱された彼は憤る。そしてこの憤りの根底に貧困が潜んでいることが映画の流れとともに明らかにされてゆく。そんな主人公のステディがインド人で、母親が連れ添う夫が中国系だ、というのも皮肉だ。多国籍の民族が集うアメリカという国のアングロサクソンもまた貧困に苦しみ、むしろ移民の二世三世が裕福だったりする。これもまたアグロサクソン系アメリカ人の不満になっている。この主人公が少年のとき、悪友に誘われて麻薬に手を染め、怒りの矛先でトイレや色んなものを破壊するシーンがある。この破壊衝動こそ母性の反比例ではないか。「甘えの構造」に言われるまでもなく、狂気に満ちた母親をかばい続ける少年には、心底安心して甘える母親がいない。その母親もまた祖母からの愛情を受けていない。この愛情の喪失が連鎖した状態こそアメリカの地方都市の現実だろう。そしてその全ての原因は貧困にある。

ちなみに余談だが、このラストベルト地帯に住まう人々の多くは共和党支持者でトランプが大好きだ。ここは想像に難くない。

何度も言うが、この映画はハッピーエンドになってるが、現実はむしろそうではない。どうにもならない現実を、地を這うように生きている人がどれだけ多いことか。母親は看護婦の資格がありながら薬物中毒に陥る。看護婦という極めてストレスフルな職業がそうさせるのだろう。これもまたリアルだ。

エンドロールで幸せそうな実話のもとなった家族が映しだされるが、エンドロールの前までのどうにも救われない現実がむしろこの映画の主題だろう。