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鑑賞日 2019/08/12  登録日 2019/08/12  評点 86点 

鑑賞方法 VOD/NETFLIX/購入/テレビ 
3D/字幕 -/字幕
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キリストの映画

 ネットなどにも書いてあるが、明らかに『ファントム・メナス』のポッドレースや『クローンの攻撃』にも似たようなシーンが展開される。恐ろしいのはこれが実写だということだ。イタリアのチネチッタでほとんどが撮影されたと聞くが、その壮大なスケールをどんなに真似ても近づけない。
 とにかくこの映画のキリストはすごい。いや。ベン・ハーの大活躍とその執念がこの映画の中心ではあるのだが、ベン・ハーが奴隷になって歩く途中にキリストが彼に水を与える。このシーンがとても印象的である。ベン・ハーに水を与えまいとする騎士。そこにキリストが水を与える。騎士はキリストにものを申す勢いだが言葉が出ない。この映画でキリストはその表情を見せることはない。このシーンでもキリストの後姿しか写されず、騎士がなぜ言葉が出ないのかわからない。しかしこの騎士の表情から、キリストの面持ちに言葉を失ったことを察する。
 キリストの存在を極めて高いところに位置づけているこの映画のラスト。ゴルゴダの丘へ登るキリストにベン・ハーが水を与えようとする。この後磔になったキリストに雷鳴がとどろき、再び降臨することでベン・ハーの母と妹も病気から立直り奇跡が起きる。
 水を与え与えられる、というキリストの行為は、実は仏教的でもある。利他自利、利他多利。与えよされば授からん。このような宗教観は一見口当たりがよさそうではあるが、実はこうした真理を曲解して世界は回転しているのである。
 言うまでもなくキリストは神そのものではなく代弁者だ。そしてこの代弁者の言葉をさらに解釈しなおすことで様々な理解が枝分かれして対立を生む。こうした教示を我々はこの映画で目の当たりにする。
 人勧万事塞翁が馬。ベン・ハーの生きざまは中国の故事をも重ね合わせる。いいときと悪い時が裏腹だ。いいときに悪いことが進行し、悪い時に恵みがどこからか訪れる。
 クライマックスの競馬シーンは絶大だ。このシーンを見るだけでもこの映画の価値は十分だ。この対決とベン・ハーの復讐劇だけでこの映画を語るのはいかにも些末であろう。こうした復讐劇を経て、彼がたどり着くのは神の領域だ。ラストシーンで羊飼いが大きなスクリーンを横切る。これはキリストが「善き羊飼い」であることを示し、そのしもべであるベン・ハーと家族の復権が暗示されるのだ。
 この映画でベン・ハーはひたすら元の友人への復讐に燃えるが、その先には母や妹への愛、つまりは家族愛が根底にある。その家族を愛する意思にキリストが反応したことでこの映画の崇高な部分が具現化したものと解される。
 
 いまあらためてこの映画に接し、自分の過去に行ってきた愚かな意思なき行為が、多くの人々を傷つけたことに悔恨の心理が働くことに気づく。親とともにこの映画を見たあの遠い日を思うと、その後自分はまるでこの映画を理解せずに半世紀も生きてきたことを悔やむ。