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香山美子

  • Kayama Yoshiko
  • 出演
本名 渡辺紀子(旧姓・岩本)
出身地 東京府北多摩郡武蔵野町吉祥寺(現・武蔵野市)の生まれ
生年月日 1944/01/01
没年月日

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略歴

東京都北多摩郡武蔵野町吉祥寺(現・武蔵野市)の生まれ。本名・渡辺紀子(旧姓・岩本)。父は吉本興業にいたこともある著述家の正夫。母・まき子。弟と妹がひとりずついる。三鷹市の第五小学校6年の1955年4月から児童劇団こまどりに入り、61年まで在籍。この間に子役として東映、民芸の教育映画、NHK『風の中のこどもたち』55などに出演する。59年、練馬区立石神井西中学から富士見高校商業科に進む。61年、松竹とエール・フランス共催の“ミス・エール・フランス・コンテスト”に応募して準ミスに当選したことが契機となって、高校卒業後の62年、松竹に入社と同時に俳優座養成所に入る。以後、「学生芸者・恋と喧嘩」62、「七人の刑事」「危ない橋は渡りたい」63に助演。63年、吉田喜重監督「嵐を呼ぶ十八人」で早川保ら若い社外工員のなかの紅一点の溌剌たる少女に扮して新鮮な魅力を放ち注目される。翌64年、前田陽一の監督デビュー作「にっぽんぱらだいす」に主演。廃止直前の赤線宿にきた初心な娘がプロに徹した売春婦になるまでを鮮やかに演じて、製作者協会新人賞を受賞。岩下志麻、倍賞千恵子に次ぐ女優として認められる。65年から70年にかけては青春映画、メロドラマに多数出演するが、多くは竹脇無我の相手役で、「青雲やくざ」65、「日本ゼロ地帯・夜を狙え」「天下の快男児」「熱い血の男」66、「若社長レインボー作戦」67などで共演した。次いで多いのが橋幸夫の相手役で、「涙にさよならを」「すっ飛び野郎」「あの娘と僕/スイム・スイム・スイム」65、「恋と涙の太陽」66、「バラ色の二人」67、「夜明けの二人」68などの歌謡映画に出演。また都はるみと共演した「アンコ椿は恋の花」「馬鹿っちょ出船」65、「涙の連絡線」「さよなら列車」66も都のヒット曲をもとにした歌謡映画だった。このほかジャンル別でみると、「この声なき叫び」「いたずらの天才」65、「落葉とくちづけ」69などの青春映画、「惜春」「女たちの庭」「花の宴」67などのメロドラマ、「かまきり」「三匹のかまきり」67、「太陽の野郎ども」69などの悪女もの、「温泉ゲリラ・大笑撃」「悪党社員遊侠伝」68、「男はつらいよ・フーテンの寅」「喜劇・満願旅行」70などの喜劇、東映に客演した「裏切りの暗黒街」68、日活の「やくざの横顔」70などのアクション映画に出演。さまざまなジャンルをこなす起用さはテレビドラマへの進出も容易にして、日本テレビ『風と樹と空と』65、『この世の花』77、フジテレビ『若者たち』66、『愛と死の砂漠』72、NHK『開花探偵帳』68、TBS『水戸黄門』69など多数に出演する。「にっぽんぱらだいす」以降、もっとも重要な出演作品は加藤泰監督とのコンビ作で、主人公の青成瓢吉を愛し少女から娼婦に流転するお袖に扮した「人生劇場」72、主人公の玉井金五郎とともに沖仲仕をしながら必死に生きるマンに扮した「花と龍」73、連続殺人を犯して破滅にいたる女流探偵小説家に扮した「陰獣」77では美貌と起用さを超える熱演を披露した。73年以降は主な活動の場をテレビに移し、その代表作は70年から84年までの14年間、679回にわたって演じ続けたフジテレビ『銭形平次』における三代目のお静だろう。そのほか、NHK『赤ひげ』74、『勝海舟』74、『夢家族』85、『二本の桜』91、『ええにょぼ』93、『秀吉』96、毎日放送『放浪家族』75、日本テレビ『妻が家を出る時』『新米ホームヘルパー・苑子の体験』90、『君だけに愛を』91、『奇跡のロマンス』96、『身辺警護3』99、フジテレビ『御家人斬九郎』93、『恋を捨て夢に駆けた女/エド・はるみ物語』08、テレビ朝日『京都迷宮案内スペシャル・時効直前15年目の真実』01、TBS『浅見光彦・最終章』『中央流砂』09など多数のドラマに出演。映画は相米慎二監督の遺作「風花」01や、「島田洋七の佐賀のがばいばあちゃん」09、「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」10がある。71年放送のフジテレビ『ラブラブショー』で共演したのがきっかけで知り合った歌手の三条正人と75年5月22日に結婚、一男がある。

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