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ジャック・フェーデ

  • Jacques Feyder
  • 監督/脚本/原作
本名 Jacques Frederix
出身地 ベルギー、イクセル
生年月日 1885年7月21日
没年月日 1948年5月25日

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略歴

【ロマンティック・メロドラマの名手】ベルギー中部の小都市イクセル生まれ。本名はJacques Frederix。ニーヴェルの学校で教育を受ける。1906年から07年にかけて家業の大砲工場で働いた後、11年にパリに出て俳優となり、芸名としてJacques Feyderの名を用いて、リヨンでも1年ほど舞台に立っている。この間、ゴーモンと契約して、13年には「プロテア」、15年には「ドラルー」に出演。ガストン・ラヴェル監督の助手を務め、16年にラヴェル監修の“Monsieur Prison policiers”で監督デビューを果たす。17年に女優フランソワーズ・ロゼーと結婚し、3人の子をもうける。第一次世界大戦が始まるとベルギーの陸軍に入り、終戦後に映画界へ復帰した。21年にピエール・ブノアの人気秘境小説を映画化した「女郎蜘蛛」を監督。8カ月に及ぶアルジェリア・ロケを敢行し、製作費は200万フラン近くまでかかったが、興行は大成功を収めた。20年代にはやったアラブものの変形である植民地映画の走りというべき作品でもある。25年、ロゼーとモンマルトルで夕食を食べに外出してストリートで発見した少年ジャン・フォレストを起用した映画を3 本撮り、子役の演出に優れた手腕を見せた。そのうちの一本“Gribiche”(26)で初めて美術監督のラザール・メールソンと組み、以後長い付き合いとなる。またこの映画はロゼーが初めて主演した映画でもあった。28年にフランスの市民権を得る。27年作“Les nouveaux messiers”が国会と大臣の尊厳を侮辱しているという理由から上映禁止処分になったこともあって、MGMからの誘いを受けて渡米し、グレタ・ガルボ主演の「接吻」(29)を監督し、ガルボのトーキー映画「アンナ・クリスティ」(30) の独仏語版の演出を手がけた。「あけぼの」「印度の寵児」(31)を監督し、33年の契約終了と共にフランスに戻った。【妻の主演作で女性心理をきめ細かに描く】帰国第一作「外人部隊」(33)は植民地映画の一つで、公金横領した主人公が罪を逃れて外人部隊に入り、酒場の歌手と恋に落ちるという内容で、シャルル・スパークが脚本、メールソンが美術を担当し、ロゼーが重要な役で助演、マルセル・カルネが助監督としてついていた。続く「ミモザ館」(34)と「女だけの都」(35)にも以上の4人が参加(ロゼーは主役を演じている)した。後者でヴェネチア映画祭の監督賞を獲得。アレキサンダー・コルダのためにロンドンに赴いて「鎧なき騎士」(36) を監督。39年の“La loi du nord”を撮り終えたところで、第二次大戦が勃発したためスイスに移住した。ここで妻のために撮った“Une femme disparait”(42)が最終作となった。

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