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ウォルター・サレス

  • Walter Salles
  • 監督/脚本/製作/出演
本名
出身地 リオ・デ・ジャネイロ
生年月日 1956/04/12
没年月日

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略歴

【ブラジルの光と影をスタイリッシュに映し出す俊英】ブラジル、リオ・デ・ジャネイロの生まれ。現地ポルトガル語の発音に近い“ヴァルテル・サレス”の表記も用いられることがある。銀行家・外交官の父を持ち、幼少期の一部をヨーロッパで過ごすなど、さまざまな国の映画を観る機会に恵まれた。生地での就学を経て、映画人を多く輩出する米国・南カリフォルニア大学も卒業。1980年代の中頃よりドキュメンタリーやCMの製作に携わる。当時は日本の伝統と現代性の軋みをテーマにしたテレビ・ドキュメンタリーも手がけ、来日して黒澤明などと接触したという。91年、米国との合作によるサイコスリラー「殺しのアーティスト」で長編監督デビュー。共同監督による第2作はブラジル映画の作新として注目され、多数の映画賞も獲得した。サレスの名を世界に広めたのは、98年のロード・ムービー「セントラル・ステーション」。本作でベルリン映画祭金熊賞などを受賞し、米アカデミー賞の外国語映画賞にもノミネートされた。2001年の「ビハインド・ザ・サン」は、前述作と異なる詩的なタッチで神話のような世界を描き、ヴェネチア映画祭の観客賞を受賞。続く「モーターサイクル・ダイアリーズ」(03)も世界規模で賞賛される。04年には中田秀夫の「仄暗い水の底から」(02)をリメイクした「ダーク・ウォーター」でハリウッドに進出。しかしハリウッド式の大規模な映画作りに馴染めず、ふたたびブラジルでの映画製作に戻った。08年の「LinhadePasse」は、父親が異なる4人の息子たちとその母のブラジル家庭を、ドキュメンタリータッチで描いた人間ドラマ。現場では役者も意見を出し合える自由な映画作りをめざしたという。【ブラジル映画の再興を担う】50年代、ブラジル映画ではイタリアのネオリアリスモに倣った“シネマ・ノーヴォ”の映画運動が興る。これは60~80年代の軍事政権下に、映画公社による別の潮流に取って代わられ、やがて新政権下の90年には公社の助成も停止。ブラジル映画は壊滅状態に陥った。サレスの第1作はそんな状況下で国の支援なしに登場し、映画界に新風を吹きこむことになる。やがて、94年の体制変化で映画産業は回復を始め、ほぼ同時期に第2作が国内で注目、第3作は世界に躍り出て、とサレスの歩みはブラジル映画の復興と重なっていく。シネマ・ノーヴォを意識しつつ出発し、社会・政治・歴史の問題をドキュメンタリータッチのわかりやすいドラマ形式で、感情豊かに描き出すのがサレスの特徴であった。「セントラル・ステーション」「モーターサイクル・ダイアリーズ」などではロードムービーのスタイルを採り、放浪を通じてラテンアメリカのアイデンティティを追求することも、サレス映画のテーマのひとつとされた。成功を得てからは製作にも乗り出し、若手の育成などブラジル映画界に大きな貢献をしている。

キネマ旬報の記事

2005年11月上旬号

キネ旬チョイス 「ダーク・ウォーター」:ウォルター・サレス監督 インタビュー

2004年10月上旬号

特別企画 恵比寿ガーデンシネマ開館10周年企画「モーターサイクル・ダイアリーズ」:ウォルター・サレス監督 インタビュー

1998年5月下旬号

スペシャル・レポート ベルリン国際映画祭:ウォルター・サレス インタビュー