兄弟子の倉島隆行(僧名・リュウギョウ)と弟弟子の河口智賢(僧名・チケン)は、本山での修行期間を終え、それぞれ自らの生まれた寺へ戻っていった。それから10年。智賢は富士山の裾野に広がる山梨県都留市にある耕雲院で、住職である父、母、妻、そして重度の食物アレルギーを抱える3歳の息子と共に暮らしている。智賢は全国曹洞宗青年会副会長を務めており、また、いのちの電話相談や精進料理教室、ヨガ坐禅など、意欲的な活動を続けている。一方、福島県沿岸部にあったかつてのお寺も家族も檀家も、すべてを津波によって流されてしまった隆行は、今では瓦礫撤去の作業員としてひとり仮設住宅に住みながら、本堂再建を諦めきれずにおり……。