サッカー選手を目指した青年が、ある日、教会で出会った美しい娘に一目惚れ。青年と娘はやがて夫婦になり、2人の子どもを授かった。慎ましく暮らすどこにでもある家族だったが、他と少し違うのは、夫婦は耳が聴こえず、その子どもたちは聴こえるということ。泣き声が聴こえず、片時も目をはなせない育児は大変な苦労だった。子どもたちには、幼いころから手話通訳をさせたばかりでなく、理不尽な差別で悩ませてきた。それでも夫婦は、子どもたちを明るく愛情いっぱいに育てた。両親と一緒に夜、たい焼きを売りに行った子ども時代。子どもたちがお客に料金を告げ、お金を受け取っていた。小学校では、同級生からいじめも受けた。電話が必要なときには、親の代わりに子どもたちが電話をかけ、メモを見ながら知らない大人に要件を伝えた。そして、高校進学後、学校を中退して旅に出たいと娘が主張した時の驚き……。早く大人になろうとした自立心あふれる姉と弟のきょうだいは20代になり、親から離れる時期を迎えている。外の世界を知ることで、音のない世界と音であふれる世界の間にいる自分たちを徐々に受け入れてきた。耳の聴こえない両親に対する配は尽きないが、自分の将来についてそれどころではない。聴こえない人たちは、時に手をたたく代わりに手のひらを高くあげてひらひらときらめかせる。それは、もうひとつの世界へといざなう音のない拍手なのだ。