1923年ウクライナ・キエフで生まれたスヴェトラーナ・ガイヤーは、母の勧めでドイツ語を習い、スターリンとナチスに揺れた激動の近代ヨーロッパを生き残るため、敵軍の通訳者として言葉を駆使し、家族を守った。やがて時代が落ち着き、故郷ウクライナを離れた彼女は、見知らぬ街で文学とともに生きてきた。深い悲しみや、絶望に打ちひしがれず、人生に光明を見出せたのは文学があったからであった……。84歳になる彼女の横には、華奢な姿に不似合いな重厚な装丁の本が積まれている。ロシア文学の巨匠・ドストエフスキーの長編作品『罪と罰』、『カラマーゾフの兄弟』、『悪霊』、『未成年』、『白痴』。ガイヤーは、それらを“五頭の象”と呼び、生涯をかけてドイツ語に訳した。心を揺さぶる研ぎ澄まされた語感と、作家への絶対的な敬意によって築かれた彼女独自の翻訳スタイル。オリジナルの文章の意味だけでなく、間や空間、原作者の描いた情景を忠実に描き出すため、舞台となった小説の街を旅してその土地の人々の暮らしぶりや地形を把握したという。ドストエフスキーの5大傑作小説の新訳は、ドストエフスキー文学に新しい声を与えたと言われ、ドイツ文学界の偉業と称賛されている。