日本最東端、ロシアとの国境に近い町、根室。人気のない冬枯れの荒野に立つ1人の男(菅田俊)。行く手にあるのは、第二次世界大戦中に作られ、今は潮風に曝されるがままとなったトーチカのみ。“トーチカ”とは、コンクリートで構築し、内部に火器などを備えた戦時の防御陣地のことである。大戦中、アメリカの本土進攻を想定した日本軍が多大な労力を払って建造したが、使われないまま放置されることとなった。生まれ故郷のこの町に数十年ぶりに帰ってきた男。見る者もいないはずのその光景を、偶然目にした1人の女性(藤田陽子)がいた。戦争遺跡の写真を撮っているというその女性の登場が、男を深く揺り動かす。“あなただと思わなかったんです”という謎の言葉を残して、女の眼差しから逃れるように去る男。その後を追う女性。やがて男の口から語られるトーチカにまつわる小さな記憶。それをきっかけに、2人はトーチカの中の暗闇に隠された、誰にも知られることのない時間の深みへと降りていく。