伝説は、60年前、東京の片隅に始まった。脆弱なたたずまいの立喰い蕎麦屋。店を閉めようとする微妙な時間に、その男は現れた。「つきみ。…そばで」。この男こそ、後に《月見の銀二》(吉祥寺怪人)と呼ばれる伝説の立喰師であった。銀二は、先に卵を割り入れさせると、上から出汁を注がせた。黄色い月の周りに薄い雲がかかる。「いい景色だ……」その呟きは、店主を、危険な対決の荒野に呼び入れる、誘いの魔手なのであった。時は下り、45年ほど前。凄まじいまでの美貌の女が、一軒の立喰い蕎麦屋の暖簾をくぐった。およそ立喰い蕎麦屋には似つかわしくない艶やかさ。《ケツネコロッケのお銀》(兵藤まこ)の通り名で呼ばれるこの女立喰師は、その凄絶な美貌までもが手口なのだった。立喰師たちは、時代が大きく変わってゆく瞬間、その隙間から零れ落ちるように、現れては消えてゆく。そして現在、立喰師たちの新たな標的となったのはシステムで食生活を変革させた《ファーストフード》であった。《ファーストフード》という巨大なシステムが、ただ一食を得るために、己の全知と全能を賭け飲食店主に挑む、流浪の仕業師、立喰師たちによって、今、静かに崩壊してゆく。