南極に冬の兆しが訪れる三月。ほとんどの生き物が北に向けて移動を開始するなか、このちにとどまり、南への旅を始める者達がいた。艶やかな黒い燕尾服をまとった皇帝ペンギンだ。海中から雷魚のように飛び出し、棚水に着地した彼らは、真っ白な氷の砂漠を行くキャラバンのように、隊列を組んで行進を開始する。目指すのは、彼ら自身の生誕の地でもあるオアモック(氷丘のオアシス)。北側を島々、南側を大陸の断断崖に囲まれたその地は、数百メートルにわたってアイスバーグ(氷山)が続き、外敵すら容易にちかづくことはできない、南極の中で唯一、皇帝ペンギンが安心して子供を産み、育てられる場所なのだ。20日あまりの行進の末、オアモックに辿り着いたぺんぎんたちは、何千羽といる群れの中から、その年、唯一の結婚相手を選ぶために、求愛と歌に興じる。自分をアピールするための挑発的な泣き声と官能的なポーズが、群れのあちらこちらで繰り広げられる…。そして5月の終わり、ようやく愛の結晶が産み落とされる。産卵を終えたメスたちはそれぞれのパートナーに大切な卵を託すと、これから生まれる雛と自分の命の糧を求めて、再び100キロ近く離れた海へと旅立ってゆく。