1994年の沖縄、ジョージというハーフの青年が保育園の園長である宮里房を訪ねてアメリカからやってきた。彼は房の娘・和子と米軍パイロットとの間にできた子供で、房の反対を押し切ってアメリカ人と結婚した母を許してもらうために、ジョージはやってきたのだった。しかし、房は口を重く閉ざし、和子と兄妹のように育てられたという陶工・平良勝男も何も語ろうとしなかった。翌日、ジョージとともにガマを訪れた房は、ようやく当時のことを語り始める。1945年4月、米軍の沖縄上陸に伴い房の一家は避難を余儀なくされ、夫を防衛隊に取られていた房はふたりの子供・真吉と和子を抱え、ひとつのガマにたどり着いた。そこは、敗残兵と避難民、そして朝鮮の人たちが雑居する場所で、軍曹の鳥羽が全てを取り仕切っていた。ガマでの不安な生活を助けてくれたのが、戦争孤児の平良勝男だった。戦災で妹を亡くした彼は、真吉や和子を本当の兄弟のように可愛がった。米軍の進攻は進み、ある日、次々に落とされる爆弾でガマの岩天井が落盤し、下敷きになった真吉が死んでしまう。さらに食糧も底を尽いていた中、衰弱から和子が息を引き取った。投降を呼びかける米軍に避難民は応えようとしたが、鳥羽軍曹以下の兵隊たちがそれを許さなかった。その後、銃撃戦によってガマの人たちは全滅し、かろうじて生き残った房はガマの奥に赤ん坊の声を聞くと、和子の遺体の代わりにその赤ん坊を抱え上げたのだった。話を終えた房は、今まで真実を隠していたことをジョージとアメリカにいる“娘”の和子に深く詫び、ジョージはそんな房を強く抱きしめた。