或る地方紙、甲信日報に「野盗伝奇」を連載している作家杉本隆吉は、自分の小説が面白くて毎日甲信日報を買うという女に会って喜んだ。女は潮田芳子といった。杉本は彼を思慕する婦人記者の篤子に芳子を調べさせた。しかし芳子は新聞を買うのを止めていた。何故?……作家の特有の疑問が杉本を動かした。調べると芳子が止めたのは、新聞に近くの臨雲峡であった心中事件が報道された日からであった。篤子の調べによると、芳子は病気の夫を養ってバーで働く貞淑な女だった。しかも事件は完全な心中事件だし……芳子と事件とは何の関係もない、と杉本は思った。しかし篤子の気持を知ってか、知らずにか、芳子は急に杉本に親しみを示しだした。杉本は芳子の過去を洗ってみた。芳子には夫の他に庄田という男がいた。庄田とは愛情で結ばれたのではなく、芳子がしたある不正行為を庄田が目撃したことから脅迫されて結んだ仲だった。一方、庄田を調べてみると、女を次々と食いものにする鬼のような男だった。芳子は庄田を憎んでいた。この庄田こそ臨雲峡で心中した男だった。しかも庄田は心中するような男ではなかった。杉本は行きづまってしまった。或る日、芳子が杉本と篤子を一泊の温泉旅行にさそった。三人は伊豆の山を歩いた。篤子は、旅館で休みたがったが、三人は芳子の強引な主張で山奥までやって来た。昼食になった。芳子は自分のサンドイッチを二人にすすめた。執拗なすすめ方だった。無邪気にのばしかけた篤子の手を、一瞬杉本はけわしい顔付きで払いのけた。芳子はみるみる蒼ざめた。しかし毒は入ってなかった。三人は山を下りた。帰ると芳子は夫の死亡通知をうけとった。病院にかけつけた芳子は、夫の屍の傍で毒をあおいで死んだ。毒はジュースに入っていたのであった。