初冬の弱い陽に浮ぶ白亜の大学校舎から出て来た王英生は大谷武明の姿を見つけて友達と別れた。今日は武明の誕生日、英生はネクタイを贈ったが武明の心は暗かった。どんなに愛しても結局英生は父が待つ中国に行ってしまう人であるし、武明は粗野な田舎者として英生との交際を止められているからである。寮長の小泉からは、誰がみても立派と言えるような結ばれ方をしなくてはいけないとさとされた。四条家では母の治子をはじめ皆が寝ずに英生の帰りを待っていたが、英生は帰らなかった。翌朝、治子宛ての封書が届いた。大谷さんを見捨てることはできません、一緒に静かな所でピストルで死ぬつもりです、と記されてあった。今年の夏、一人で伊豆の天城に行ったのを心当りとして、学生達はすぐ出発した。八丁池の畔に靴と女の手袋が発見されたが、それはまぎれもなく英生と武明のものだった。東京の人々には、綿密に捜索しても遺体が見つからないので、生きている見込みが強いと知らされた。治子も武明の父も、二人を許す気になっていた。何とかして結婚は許されたことを二人に知らせなければならない。だが、二人のいる湯治宿にはバスが故障で新聞は三日も配達されていなかった。二人はピクニックのように、パンとチョコレートを買って山へ登った。サルスベリの根元に髪の毛と爪を埋め、静かに夕靄の中に消えたが、間もなくつんざくように銃声が一発、そしてまた一発、響きわたった。