「この俺のどこが悪い。親無し子の、素姓知れずの俺は試合に勝っても、勝った男とは云えぬのか」--こう叫ぶほど、浪人佐々木小次郎は薄倖の生いたちであった。実際、小次郎は氏素姓もなく、ひとり孤剣を抱いて天下を放浪するのが今の身の上。その彼に世間は冷たく、とねとの愛には破れ、試合に勝を得ながらも追われるという毎日であった。疲れた足を踏み入れた京都で小次郎は武蔵に会い、吉岡一門の挑戦に応じる武蔵の太刀さばきに魂を奪われた。やがて大阪に現われた小次郎は、そこで琉球の王女奈美と、更に彼女を通じて福島家の家老丹波とも知り合った。丹波は小次郎を主君正則に引き合わすが、正則は大して関心を持たなかった。その夜、曽呂利伴内の屋敷で小次郎は忍者島兵衛を捕えたが、同じ敗残の身に同情して放してやった。だが島兵衛が盗み損ねた文箱をめぐって伴内の怒りを買い、殺し屋陣内に狙われる身となった。正則の供で大阪城に入った小次郎は、とねのかつての許婚東馬と会った。東馬は今迄のいきさつを忘れてとねと小次郎の再会を図ってくれた。小次郎は城内に来ていた歌舞伎役者「出雲のお国」一行にかくまわれて城外へ出ることができた。二人はようやくめぐり逢えたが、それも束の間、再び分れ分れに追い散らされた。その時、危うい小次郎を救ったのが島兵衛であった。一方、小次郎と手合わせを望んで福島家を訪れた武蔵は仕官の誘いをうけたが、小次郎がいないのを知ると誘いを断って去ってしまった。それから一年後、小次郎は出雲太夫お国に迎えられ楠部屋敷へ移っていた。お国の慈愛、その弟子まんの愛情に見守られて人間らしい日々を送っていた。しかし、伴内の手はここにものびた。伴内一味に一太刀受けた小次郎はまんの手を握り夢中で走った。その暗い道を走って行くことだけが、残された唯一つの運命であるかのように。