日本の屋根アルプスは、北は白馬、立山の連峰、南は槍、穂高の雄峰に連なる万古の白雪に彩られた白い山脈である。三月も半ば過ぎると、この山にも春が忍びやかに訪れ、キクガシラやコキクガシラコウモリが雌雄求愛の羽ばたきを交し、冬眠を終った母熊が子熊を連れて食物を求めて林の斜面を登って行く。断崖には石楠花、イワカガミが妍を競い出し、大地にはキクザキ、リンドウなどが咲き乱れる。小川の水苔の上を泳ぐクロサンショウオは前世紀の遺物、生きている化石ともいわれている。また、このころは、ゴイサギ、コムクドリの群れが飛回り高原の春は慌しく開けて行く。キツツキの疳高い声が響くとやがて夏が来る。山の聖者カモシカが登り行く山頂の彼方には入道雲が湧いている。色とりどりの高山植物には蝶や昆虫が花粉を求めて集る。しかし美しい夏の山脈はまた恐しい生存競争の舞台でもある。ササグマと蛇の闘い、仔熊と兎の鬼ごっこ、青大将に迫るクマタカ。死物狂いの闘争である。やがて秋。木の実が熟し、一瞬山に平和がよみがえる。しかし紺青の空から舞下りたイヌワシの鋭い嘴は一瞬仔熊を狙い中空に釣りあげる。カマキリの交尾が凄惨な終りを告げるのもこの頃で、自然の闘争は冬迫る山々に繰展げられて行く。そしてこの生存競争に拍車をかけるように動物たちの何よりも恐れる野火が襲う。広茫たる薄の原が火に包まれ、風は雨を伴って嵐を誘う。その跡には動物たちの生々しい傷跡。それをやがて初雪が白くおおい隠す。蛇や熊は冬眠に入り、神秘的な白い山脈を残して大自然は冬の休息に入る。