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叛乱(1954)

  • はんらん
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  • 平均評点

    68.8点(16人)

  • 観たひと

    28

  • 観たいひと

    6

  • レビューの数

    3

基本情報

ジャンル 戦争
製作国 日本
製作年 1954
公開年月日 1954/1/8
上映時間 115分
製作会社 新東宝
配給
レイティング
アスペクト比
カラー/サイズ モノクロ
メディアタイプ
音声
上映フォーマット

スタッフ

監督佐分利信 
脚色菊島隆三 
原作立野信之 
製作総指揮竹井諒 
製作安達英三郎 
撮影小原譲治 
美術松山崇 
音楽早坂文雄 
録音神谷正和 
照明矢口明 

キャスト

出演細川俊夫 安藤大尉
清水将夫 山口大尉
鶴田浩二 中村上等兵
山形勲 磯部浅一
安部徹 村中孝次
佐々木孝丸 西田税
鶴丸睦彦 北一輝
辰巳柳太郎 相沢中佐
菅佐原英一 野中大尉
丹波哲郎 香田大尉
村山京司 河野大尉
大野康二 対島中尉
今清水基二 中橋中尉
中原謙二 丹生中尉
竹中弘道 坂井中尉
池月正 田中中尉
三砂亘 安田少尉
近藤宏 林少尉
千葉徹 常盤少尉
小浜幸夫 高橋少尉
旗昭二 渋川善助
沼田曜一 新川中尉
福岡正剛 石田軍曹
和田孝 中村上等兵
野村清二郎 永田鉄山少将
石山健二郎 山下奉文少将
島田正吾 真崎大将
御橋公 川島陸相
林幹 阿部大将
中山九州男 西大将
坂内永三郎 片倉少佐
石黒達也 宮川少佐
藤田進 伊集院少佐
武村新 鈴木侍従長
喜多川隆 小松秘書官
江藤勇 小藤大佐
生方賢一郎 堀師団長
清水彰 新見大佐
生方壮児 伊藤老看守
高松政雄 刑務所長
滝沢修 軍法会議判士長
児玉一郎 川元大尉
冬木京三 歩一副司令
倉橋宏明 歩一衛兵司令
津島恵子 石田の妻やす子
香川京子 中村の妹ゆみ子
永井柳太郎 中村の父
三宅邦子 西田の妻初子
外崎恵美子 真崎大将夫人
木暮実千代 鈴木侍従長夫人
杉寛 細川侯爵
小島洋々 深尾男爵
島栄吉 青木男爵
宮川玲子 園田男爵夫人
田中春男 円タク運転手
水野匡雄 当番兵
大谷修司 百姓出身の一等兵
岡龍三 役場の兵事係
大谷友彦 在郷軍人
河谷英二郎 配属将校
花岡菊子 おかみさん

解説

二・二六事件に至る陸軍部内の葛藤相剋を描いた立野信之の直木賞受賞作品「叛乱」を原作に「にっぽん製」の菊島隆三が脚色、「広場の孤独」の佐分利信が監督した。なお、佐分利監督は撮影中病いに倒れたため、阿部豊監督が後をつぎ、これを内川清一郎監督が補佐している。撮影は「銀二郎の片腕」の小原譲治、音楽は「広場の孤独」の早坂文雄。キャストは映画俳優の他、新派、新劇人が大挙出演している。

あらすじ

昭和十年八月十二日。福山から台湾に転出を命ぜられていた相沢中佐は、赴任の途中、陸軍省に立ち寄り、軍務局長永田鉄山を一刀のもとに斬殺した。意外にも犯人には毫も罪の意識がなく、兇行直後、平然と任地に出発しようとして傍人を愕かした。それも理わり、永田少将は満洲事変によってふくれあがった日本陸軍の規模をそのまま対支対ソ戦に切換えるべく財閥と結んで国家総動員体制を企図したいわゆる統制派の中心人物であり、これに対して資本主義による農漁村の疲弊に憤り、腐敗した財界、政界、軍閥を倒して天皇親政の国家改造を断行しようとする皇道派の、相沢はもっとも純粋な分子だった。果然、「相沢につづけ」の合言葉が皇道派青年将校のうちに湧きあがった。これら直接行動派の急尖鋒は、歩一の栗原中尉、それを時機至らずとして抑えているのは同じ歩一の山口大尉、そして民間の志士北一輝、西田税らであるが、相沢公判をめぐる統制派の陰謀に刺戟され、かれらの主張が早急に蹶起へ傾むきかけた矢先、第一師団の満洲派遣が決定した。それも三月。「二月にやろう」との声が歩一から歩三に拡がるが、歩三の安藤大尉のみは依然慎重にかまえている。しかし、その彼も一夜娼家で農村の身売娘の悲惨さを目のあたりにして、同志の声に従う決心をした。西田も山口大尉ももはや大勢をせきとめることは不可能だった。--二月二十六日朝。首相、陸相、侍従長、蔵相、内府、警視庁……あらかじめ、暗殺の目星をつけていた要人の許に、幾手かに分れた総員千七百の蹶起部隊は、夜来の白雪をけって殺到した。要人らの多くは即死、あるいは深傷を負ってあやうくのがれた。軍も政府もなすところを知らなかったが、二十七日に至って香椎中将を司令とする戒厳令が布かれ、二十八日、宮廷内部に統制派の強硬論が通り、一方七千の部隊に叛乱軍討伐の勅令が下った。が、アドバルーン、ラジオ等による香椎中将らの必死の説得で、兵の多くは原隊復帰、主謀者--軍人側香田、安藤両大尉以下十七名、民間側北一輝、西田税以下数名は、弁護も主張もゆるされぬ一方的な軍法会議によって、死刑を宣せられた。十日にわたる無政府状態の末、広田内閣が生れ、かくて統制派の勝利はしだいに財閥との結合による国臨戦体制へと一切をみちびいていった。

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