辰三は大正末期の不況の最中に妻の美津を残して北海道の炭鉱に渡り、苛酷な奴隷労働に身を落した。ようやく脱出、東京へ戻った彼は、長女春代の出生を知り、親子の愛情にめざめた。その辰三に、親友の所沢巡査が消防士の職を世話した。半鐘の乱打とともにとび出し、猛火の下をかいくぐるこの危険な仕事に、辰三は男の生甲斐を見出した。まもなく生まれた長男消一、次男二郎を囲んで一家団欒の幸福な歳月が流れた。それも束の間、消一が川の深みに落ちて死んだ。日中戦争が起きた。騒然たる世相の中で、春代が愛しあっていた工員の俊郎と結ばれた。だが、まもなく俊郎は応召を受け戦地へ発った。--昭和二十年、妻の美津は三男の高志をかばおうとして敵機の機銃掃射を浴び倒れた。俊郎戦死の公表がもたらされた。終戦、辰三は五十の坂を越していた。進駐軍の事務員として一家を支えるようになった春代は、アメリカ軍人ピーターを愛するようになった。辰三は「お前の夫やおふくろは誰に殺されたんだ……」とはげしい言葉を浴びせた。春代は家を出た。一人残された高志だけが辰三の喜びとなった。高志は消防学校に入学した。やがて卒業、高志はバーに勤める恋人節子との結婚を辰三に打ちあけた。辰三は身よりも分らない節子との結婚を許さなかった。高志のふとした手落から、キャバレーが火に包まれ、三人が焼け死ぬという事件が起きた。辰三は激しく高志を叱った。高志は節子の許に身を寄せた。小学校が猛火に包まれた日。辰三は学童を救出しようとして火だるまとなり、死んだ。それは、まったく辰三の最期にふさわしかった。