ヴィクトリア朝はなやかなころ、アイルランドであったことである。クロンミア城のあるじジョン・ブロドリックは、コッパー・ジョンと呼ばれる銅鉱山の持主であった。その銅山ハングリイ・ヒルは、ブロドリック家が二百年間代々所有して来たのであるが、その以前は幾世紀もの間、持主はドノヴァン家であった。二百年前に家産傾き、ブロドリック家の所有に移ったという、ハングリイ・ヒルは古い歴史を持っている。ドノヴァンの当主モーティとその子等は、コッパー・ジョンに、そしてその子、その孫、子々孫々にまで烈しい憎みを感じ、ブロドリックのために力をかすことは永久にしまいと誓っている。ジョンは、そこでハングリイ・ヒルの新鉱脈発掘にわざわざコーンウォールから労働者を招いた。ドノヴァンはこの時よとばかりアイルランド人をそそのかして暴動を起させた。その騒動で火事となり、火薬庫が爆破して、モーティはブロドリックの長男ヘンリイもろとも爆死した。さてコッパー・ジョンの二男はグレイハウンド・ジョンと呼ばれ美しいファニイ・ロオザを妻とし四人の子の父であったが、鉱山にこう水があったときでき死してしまった。その長男のワイルド・ジョニイは我がままに育てられていたが、父が死ぬとファニイ・ロオザの手に負えぬ我がまま者となった。長ずるに及んで意志薄弱な、放とう者となったのは当然で、彼は母をもうとんずるようになったため、ファニイ・ロオザは家を出て、ロンドンへ行き、そこで賭博と麻薬とにたんできする女となってしまった。サム・ドノヴァンの妹をだましたジョニイはほとぼりの冷めるまでロンドンへ出奔し、そこで老いた母と再会した。さすがのワイルド・ジョニイも肉親の愛情に目ざめ、母を伴って故郷へ帰る。しかしファニイ・ロオザの幸福は短かかった。折角やさしい息子に返ったジョンは、鉱夫たちと口論していて深い竪坑に陥って惨死した。それは過失死であったが、悲しんだ母はサム・ドノヴァンと数人の村人を、息子を殺した罪人として告訴した。しかし、ファニイ・ロオザは心が落着くとその告訴を取りさげた。今、ハングリイ・ヒルをながめやる彼女は、老いたさびしい、そして悲しめる女である。けれども夫のジョンとの短いけれども楽しい年月もあった。ファニイ・ロオザの半生は荒りょうを極めた年月もあった。しかし今の彼女は、静かな心の落ちつきを持っている。彼女の愛する者を幾人か殺したハングリイ・ヒルも、平和に静かに見える。数百年争い続けたブロドリロック家とドノヴァン家も、きっと手を握り合って行けるだろう。