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ベトナムから遠く離れて

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  • 平均評点

    71.5点(25人)

  • 観たひと

    49

  • 観たいひと

    26

  • レビューの数

    5

基本情報

ジャンル ドキュメンタリー / 戦争
製作国 フランス
製作年 1967
公開年月日 1968/4/6
上映時間 117分
製作会社 A・S・L・O・Nプロ
配給 ATG
レイティング 一般映画
アスペクト比 スタンダード(1:1.37)
カラー/サイズ カラー
メディアタイプ フィルム
音声
上映フォーマット 35mm

スタッフ

キャスト

解説

ベトナム戦争を、このまま傍観することはできない--という意図のもとにアラン・レネ、ウィリアム・クライン、ヨリス・イベンス、アニエス・ヴァルダ、クロード・ルルーシュ、ジャン・リュック・ゴダールら六人の映画作家が、それぞれ自由な立場で、南ベトナム民族解放戦線への連帯意識を表明した作品で、総編集に、「ラ・ジュテ」「美しき五月」のクリス・マルケルがあたっている。また、彼らは“侵略と戦うベトナム人民への連帯感を抱く”映画監督グループでもある。「現地報告」(資料提供)の人たちは、未公開の公文書資料で「ホー・チ・ミン」という本を書いた軍人出身の仏ジャーナリスト、シャン・ラクチュール、フランスの女流記者ミシェル・レイなど著名なジャーナリスト、写真家などで、ナレーションの資料を提供したり、各監督たちが希望する人々に現地にとんでインタビューしたり、自分の経験を語ったりして、この映画の製作に協力している。撮影は「男性・女性」のウィリー・クラント、「冒険者たち」のジャン・ボフティ、「ロシュフォールの恋人たち」のギスラン・クロケ、「修道女」のアラン・ルヴァン、そしてドニス・クレルバル、キュー・タム、ベルナール・ジツェルマン、テオ・ロビシェーらが、この作品の主張にふさわしい視点でとらえている。音楽はミシェル・ファーノ、ミシェル・キャプドナ、ジョルジュ・アペルギスの三人が担当。編集陣には、ジャン・ルーシュの「ある夏の記録」の編集者ジャン・ラウェル、「戦争は終った」のエリック・プリューなど、セーヌ左岸派を中心に精鋭が結集している。アニメおよびタイトルはクリスチャン・クインソン。そして、この映画の製作に参加したものは全部で一五〇名におよぶ。なお、この映画は一九六七年夏に完成し、同年八月カナダのモントリオール国際映画祭で世界初公開が行なわれ、多大な反響をよび、ロンドン映画祭においても、大きな注目をあびた。

あらすじ

(プロローグ)ベトナム戦争は富める国アメリカと貧しき国ベトナムとの戦いである。貧しいベトナムが、富めるアメリカを敗ることによって、自国の未来と独立を得ようとする戦いである。 (第一章・ハノイ爆撃)ハノイの空に鳴り響く空襲警報、そして空襲。 (第二章・パレードはパレード)ベトナム戦争に対処する三つのデモを描く。ハンフリー副大統領のパリ訪問の際、アメリカ国旗を焼いたデモ。ニューヨークの在郷軍人記念日式典での抗議。メーデーのウォール街での若者たちのデモ。 (第三章・ジョンソンの泣きベソ)北ベトナムの被爆地域で行なわれたアメリカ敗北の芝居。少女がジョンソン大統領に扮し、“私は戦争に敗れた”と泣きベソをかく。 (第四章・クロード・リデール)クロード・リデールが、沈黙しつづける女性の前で、不信の時代の言語を語り、そして告発する。 (第五章・フラッシュ・バック)ベトナム戦争の発端はどこにあるのか。インドシナ戦争の終結、フランスの引揚げなど、今日までの姿をフィルムで回想。そしてホー・チ・ミン大統領が“我々は、あくまで戦う。アメリカは決して勝てないのだ”と語る。 (第六章・カメラの眼)ミッチェル撮影機の背後でゴダールが語る“私はベトナムに行きたかったが、この希望はかなえられなかった。そして私は自分のアイディアをすてた。きびしい現実の前では貧弱な虚構にすぎないから。私たちの寛大さでベトナムを侵略するのはやめよう。逆にベトナムをして私たちを侵略させるべきではないだろうか”と。 (第七章・ビクター・チャーリー)アメリカの歌手トム・パクストンがアメリカの戦争目的を歌う。そしてアメリカ側に従軍した女流記者ミシェル・レイがビクター・チャーリー(アメリカ兵はベトコンのことを、こう呼ぶ)の捕虜となり三週間すごしたことを語り、この経験から、自分の心はいまや反対側に移ったと語る。 (第八章・なぜ我らは戦うのか?)アメリカの南ベトナム援助軍司令官ウェストモーランド将軍が、アメリカの公式立場を語る。 (第九章・キューバのカストロ)史上初のゲリラ戦成功の指導者カストロが歴史的現実として武力闘争の必要を主張する“ベトナム人はいま史上最大の軍事力を、人民の団結によって打ち破り得ることを証明したのだ”と語る。 (第十章・アンとユエン)アメリカのクェーカー教徒ノーマン・モリソンは国務総省の前で、抗議の焼身自殺をした。彼の妻アンが当時の模様を語る。そしてパリに往むベトナム婦人ユエンが、このことの意味する重要さを指摘する。 (第十一章・めまい)一九六七年四月十五日、ニューヨークでアメリカ史上最大のデモが行なわれた。ありとあらゆる人物が参加し、街頭でば戦争論や政治論に花がさいた。そしていまや抗議の時期から抵抗の時期に移ってきたのである。現代生活の必需品とさえなったテレビではCMもニュースもドラマも精神錯乱の要素をまじえている。それは病的な社会であり、この戦争も、もはや、遠いアジアの冒険ではなく、武力を行使しなければ、生き残れなくなったことを意味しているのだ。だが、このことを、現代のめまいとして見すごしていいのだろうか。 (エピローグ)今や世界中で群衆はデモに参加し、戦いに参加する。そしてベトナムでは、今日も激しい爆撃が行なわれている。しかし、貧しきものを相手にするこの戦争は、全面的な転換なしには、たとえ富める国アメリカといえども、敗れさるほかはるまい。--“もはや沈黙は共謀を意味する。”--この映画に参加した仏ジャーナリストの言葉である。

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