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ナポレオン(1955)

  • なぽれおん
  • Napoleon
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    5

  • レビューの数

    4

基本情報

ジャンル 伝記 / ドラマ
製作国 フランス
製作年 1955
公開年月日 1956/6/15
上映時間
製作会社 シネ・ディス
配給 東和
レイティング
アスペクト比
カラー/サイズ カラー
メディアタイプ
音声
上映フォーマット

スタッフ

キャスト

出演ダニエル・ジェラン Napoleon (adolescence)
レイモン・ペルグラン Napoleon (maturite)
ミシェル・モルガン Josephine de Beauharnais
サッシャ・ギトリー Telleyrand
ダニエル・ダリュー Eleonore Denuelle
ラナ・マルコニ Maria Walewska
イヴ・モンタン Marechal Lefevre
ジャン・マレー Comte de Montholon
ダニー・ロバン Desiree Clary
マリア・シェル Marie Louise
エリッヒ・フォン・シュトロハイム Beethoven
オーソン・ウェルズ Sir Hudson Lowe
アンリ・ヴィダル Marechal Murat
ミシュリーヌ・プレール Hortense de Beauharnais
ピエール・ブラッスール Barras
セルジュ・レジアニ Lucien Bonaparte

解説

フランス劇壇の名優リュシアン・ギトリーの息子として、演劇、映画の両方面にめざましい活躍ぶりを見せているサッシャ・ギトリーが、自ら脚本、台詞の筆を執り、監督したオール・スター・キャストで、「とらんぷ譚」以来、実に十数年ぶりのことである。配役の豪華なことは、フランス映画空前であるばかりか、世界にもその例を見ないほどで、ナポレオンの若い時をダニエル・ジェラン、青年以後を「肉体の怒り」のレイモン・ペルグラン、彼の最初の恋人を「アンリエットの巴里祭」のダニー・ロバン、彼の第一の妻を「夜の騎士道」のミシェル・モルガン、彼の最初の子を生んだ女性を「赤と黒(1954)」のダニエル・ダリュー、史上有名な恋人ワレフスカ夫人を、ギトリーの五度目の妻である「俳優」のラナ・マルコニ、第二の妃をドイツの名女優マリア・シェル、他にピエール・ブラッスール、O・W・フィッシャー、ジャン・マレー、イヴ・モンタン、ミシュリーヌ・プレール、セルジュ・レジアニ、エリック・フォン・シュトロハイム、アンリ・ヴィダル、オースンー・ウェルズなどが入れかわり立ちかわり登場、ギトリー自身も、ナポレオンの生涯を左右した外交界の大立物タレイランの役で登場している。

あらすじ

「彼は島で生れ、生涯、島を征服せんと夢み、島に流され、そして、心ならずも島で死んだ」とタレイラン(サッシャ・ギトリー)はブーリエンヌを前にしてナポレオンの私生活を語った。ナポレオン・ボナパルト(若者の時代=ダニエル・ジェラン、壮年時代=レイモン・ペルグラン)は一七六九年八月十五日にコルシカ島のアジャシオに生れた。革命党員になってから大尉に昇進、王宮を襲撃した。その後彼はコルシカに帰り、ルイ十六世の処刑を知ったが、さして驚かなかった。だがツーロン港が英軍に占領されて、兄ジョゼフに呼ばれた時は、愴惶としてフランスに渡り、革命委員会から、ツーロン港の英軍を駆逐する指揮者に任ぜられ、英軍を駆逐する。彼は旅団長に任じられ、間もなく兄ジョゼフはマルセイユ近郊の一婦人と結婚、ナポレオンはその妹娘と恋に落ちた。それがかの運命の女性デジレ(ダニー・ロバン)だった。パリでは執政政府の首脳バラス(ピエール・ブラッスール)にナポレオンは招かれ、その席上でジョゼフィヌ(ミシェル・モルガン)に魅了され結婚までするようになる。その後イタリアに出征、連戦連勝、疾風枯葉を捲く勢いでエジプトに遠征する。そこでジョゼフィヌの不行跡を知り、急遽、帰国する。ところが彼女の涙を見ると、忽ち離婚の意志も挫ける。時局は彼をして夫婦問題などに時を割かせず、彼は議会を襲い、三人の執政官になる政府が樹立される。まもなく元老院はナポレオンを皇帝とする決議を行う。一八〇五年七月、皇帝はオーストリアに兵を進め、オーステリッツに大勝、全ヨーロッパは彼の手に帰する。凱旋した彼は兄弟を各国の王公に封ずる。その間にエレオノールというはしたない女性にナポレオンの子供が出来る。プロシャの戦野に於てナポレオンはジョゼフィヌと離別しようと考えるようになった。だが露帝がポーランドを侵すと見るや、彼はその保護に当り、タレイランを総督として、ワルソーに赴き、マリア・ワレフスカヤ(ラナ・マルコニ)伯爵夫人と熱烈な恋をした。更に転戦、各地に勝利を得、一八〇九年にワグラムに大捷、パリへ帰るとワレフスカが男子を産んだことを報じた。ジョゼフィヌはこの時ばかりは嫉妬に我を忘れた。ジョゼフィヌは離婚され、オーストリアのマリ・ルイズが皇后に選ばれ、待望の男子を生んだ。一八一二年七月七日、モスコウに大勝したが、それから言語に絶する大退却が始まる。オーストリアは婚姻を結んだにも拘らず、露・普と同盟、皇帝に宣戦した。敗退につぐ敗退でフォンテヌブローの宮殿に帰って来る。仮政府は皇帝の失墜を宣した。ナポレオンはエルバ島に去る。流滴の日々が続くが、或日マリア・ワレフスカが訪ねてきて、マリアが永久に彼を愛していることを聞き、フランス国民が彼を待望しているのをきく。ナポレオンはフランス本土に上陸し、全欧洲を敵としてワーテルローに敗れる。皇帝はマルメイゾンに退く。彼はセント・ヘレナに発った。一八四〇年十二月十五日、ナポレオンは灰となってパリに帰って来た。幾千万のフランス人は帰って来る彼を心の眼で見つめるのである。

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