前作「洗骨」でも感じたことではあるけれど、照屋年之監督はきちんとした映画を撮るという印象が残る。
1970年代の日本映画の落ち込み方はひどく、各映画会社専属の俳優・スタッフをリストラせざるを得ないほど興行収益がよくなった。そのために映画創りの手法が後続に伝承されなくなった。そこで撮影所育ちでない外部から来た監督が乗り込んでいった。この外部から来た監督は予定調和や起承転結という定型を学んでいないため、意外な話運び、独特の演出をしていてこれまでにない作品を生み出してこれが新鮮であり、話の展開の予想がつかないところが面白くあった。
だが、これに失敗すると緊張感の乏しいだらけた映画にもなってしまう。予定調和や起承転結の定型は、観客が映画を観てそこにエモーショナルな感情を抱くにはどうしたらいいかという手法があるのである。外部から来た監督は新鮮さや閉そく感のある日本映画を打破する力があるが、大多数の観客の心をつかめない。マニア受けはするけれど。
芸人であり映画監督と言えば北野武をすぐに思い出す。北野監督は作家性の強い作品を創るが、照屋監督は映画全盛期の大半を占めた商業映画、娯楽映画を創る。照屋監督の作品には作家性は感じられず、ウェルメイドな小品を製作するという感じだ。
今では娯楽映画でも社会的なテーマ、人間とはなにか、自分は何者かといった哲学的なテーマを盛り込んで重くなり、見終わった後に重い気持ちが残る。
純粋に笑って泣いてという単純明快な映画がいつの間にか今では少なくなった。私も映画間で後味の悪い映画を映画館で観た後、口直しにサブスクやレンタルで昔の単純な娯楽で気分を良くしたりする。
照屋監督の映画はそういった職人監督が量産していった娯楽映画というところだろう。他人の感想をネットで見てみれば、感動した、という意見も多く、これはこれで良いのだろう。監督にはこれからもそういった映画を創ることを期待する。
だが映画好きとなるとそれだけでは物足りない。その他に何かが欲しい。それが作家性というところで、この映画を創ったという烙印が欲しいなあと思う。中退はしたものの日本大学藝術学部映画学科演技コースの出である。
きちんとした作品になるのもここらへんが影響しているのかもしれない。今の大多数の映画監督が撮影所の助監督や脚本を書いて監督になるという経験をしていない。
映画学科だって撮影所育ちとは違うさ、とは思うものの、少なくとも定型は学んでいるのではないか。
そんな芸人+映画監督として北野監督との差別化はあるわけで、作品を数こなしたらウェルメイドな娯楽映画の出現も期待できる。まあ照屋監督は人情喜劇として山田洋次監督のポジションを目標にしてもらいたいものだ。ハードルが高すぎるかな。