かなさんどー

かなさんどー|----|----

かなさんどー

レビューの数

13

平均評点

73.4点(40人)

観たひと

57

観たいひと

3

(C)「かなさんどー」製作委員会

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル ヒューマン / ドラマ
製作国 日本
製作年 2024
公開年月日 2025/2/21
上映時間 86分
製作会社 「かなさんどー」製作委員会(制作:スピーディ/制作プロダクション:鳥越事務所/制作協力:キリシマ1945)
配給 パルコ
レイティング 一般映画
カラー カラー/シネスコ
アスペクト比 シネマ・スコープ(1:2.35)
上映フォーマット デジタル
メディアタイプ ビデオ 他
音声

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

監督照屋年之 
脚本照屋年之 
製作総指揮福田淳 
製作福永真里 
藤原寛 
プロデューサー石田玲奈 
鳥越一枝 
撮影大城学 
美術吉嶺直樹 
装飾梅原文 
音楽新垣雄 
録音横澤匡広 
音響効果佐藤祐美 
照明鳥越博文 
編集初鹿紗梨 
衣装むらたゆみ 
ヘアメイク荒井ゆう子 
DIT&データ管理小野寛明 
主題歌作詞・作曲前川守賢
(「かなさんどー」)
協力プロデューサー金森保 
助監督石田玲奈 
題字おやまゆき 
フードスタイリスト中村真琴 
歌唱指導古謝美佐子 

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

場面 ▼ もっと見る▲ 閉じる

予告編 ▲ 閉じる▼ もっと見る

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

お笑いコンビ・ガレッジセールのゴリとしても活躍する照屋年之監督が、「洗骨」に続いて沖縄を舞台に、生と死の尊厳をオリジナルストーリーで映画化したヒューマンドラマ。実花は、母・町子が最期のときにかけた電話に出なかった父・悟のことをずっと拒絶していた。だが、悟の命が危ないと知らせを受け、しぶしぶ故郷の沖縄県伊江島に帰る。出演は、ドラマ『光る君へ』の松田るか、「湯道」の堀内敬子、ドラマ『SHOGUN 将軍』の浅野忠信。トロント日本映画祭2024、ハワイ国際映画祭正式出品作品。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

赤嶺美花(松田るか)は、母・町子(堀内敬子)が病気で亡くなる前、毎晩のように飲み歩き、母が最期のときにかけた電話にも出なかった父・悟(浅野忠信)のことをずっと許すことができず、拒絶していた。ある日、悟の命が危ないと知らせを受けた美花は、しぶしぶ実家のある沖縄県伊江島に帰る。町子が亡くなり、島を離れてから7年の月日が流れていた。再会した父は認知症が進行していた。実花は父との関係を一向に修復しようとしないが、島の自然に囲まれ、両親と過ごしたかけがえのない時間を思い出すなか、生前に母が記していた日記を見つける。そこで、母の本当の想い、そして父と母の愛おしい秘密を知る……。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2025年3月号

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2025年2月号

巻頭特集 2025年、映画の旅:PART 3 ショートショートレビューが教えてくれること 「かなさんどー」

2026/01/31

2026/02/04

65点

選択しない 


湿り気十分な琉球民謡

ネタバレ

 琉球民謡「かなさんどー」の哀調を帯びたメロディーと歌詞がとても印象的でした。その曲調に負けじとドラマの方も健闘していた。
 病院の見舞いにしては派手な衣装と化粧で来院したワケアリ風な美女(松田るか)が患者(浅野忠信)の前で媚を売る冒頭シーンで掴みはOKといった感じ。訪れた美女は余命わずかな患者の一人娘。ではなぜそんな次第に相成ったかを回想シーンを交えながら紐解いていくという構成。
 母の緊急の電話を取ることができなかった父の落ち度を責めるあまり断絶していた父娘の修復と和解のストーリー。一見ちゃらんぽらんな感じの父をなぜ母はそこまで愛することができるのかわからない。母の死後見つけた日記で夫婦の絆の強さの秘密に気づく娘・・・というドラマはありがちなれど、父母役の浅野と堀内敬子の天然な演技もよく好印象。沖縄のカラッとした気候同様、ドラマの方もあまり湿っぽくしなかったのも良かったと思う(歌は湿り気十分だったけど)。

2025/10/07

2025/10/07

60点

VOD/U-NEXT/レンタル/テレビ 


親の心子知らず、普遍の物語を優しく描く

大切な母を救わなかった父を許せない娘。その父があと僅かな命となった。その娘の思い、そして初めて知る母と父の秘密。娘を演じた松田るかが公演。母を演じた堀内敬子の優しさ、父を演じた浅野忠信の温かみが物語を優しく包み込む。

2025/03/29

2025/07/06

74点

映画館/茨城県/あまや座 


普遍的な物語

ネタバレ

余命宣告を受けた父と不仲の娘、亡き母と父の若い頃の思いを知り、父へ最後の贈物をする。
照屋年之監督脚本。

沖縄を舞台にしているが、沖縄色は、方言と歌。日本の地方の普遍的な物語、といえるし、父と娘の対立と、母と娘の夫(父)に対する姿勢の差異、がテーマであるのも、とても普遍的なものだ。

沖縄の風習を物語のベースにした照屋監督の前作「洗骨」よりも、沖縄を舞台にした意味は薄まっている。これが評価を低くしているのだろうか。キネノートの点数を見るとそう思えてくる。

だが、映画的な面白さはこちらが上。クスリと笑わせるところ。泣かせるところ。この辺、さほど力まないで、さらっと描いているのが好ましい。

ただ、一点、心臓を患った妻がセックスできない負い目を感じて、夫の浮気を容認するようなセリフを言うが、それを「正論」としてはならないだろう。観客が「個人の見解です」という断りをいれたくなるような作劇は、いかがなものか。

2025/04/04

2025/04/06

68点

映画館/宮城県/フォーラム仙台 


-

 きれいで心温まるしちょこっと笑える映画でした。ただ、美花が父を許せず7年もの間故郷に帰らず父からの手紙も1通も開封しなかった理由がいまいちピンとこなかった。それが母町子をないがしろにして別の女性と遊んでいたことだとしたら、母の日記に記されていた事柄だけで悟を許せる心境になることも理解できなかった。おそらく照屋監督の中ではしっかりとした理由とか経緯とかがあったのかもしれませんがそれが脚本や演出に反映されていませんでした。企画とプロットを提示して脚本家にまかせるあるいは脚本家と協働で仕上げるような方法をとるべきだったと思う。それでも照屋監督の元には常に演技の達人が集まってくれるようで、「仙骨」が奥田瑛二に救われたように、浅野忠信と堀内敦子の演技でこの映画が救われたような気がしました。しかし壊れた家族の絆って、結構修復は難しい気がするんだけどなあ。ゴリの家族に何があったんだろうって思ってしまった。

あらすじ:沖縄伊江島が舞台。赤嶺美花に父悟が危ないという電話が来る。7年前母町子が亡くなるとき何度もかけた電話をとらなかった悟を許していない美花は帰島を拒否していたが渋々帰って来る。悟が経営していた建設会社の元従業員小橋川が何かにつけて悟との仲を取り持とうとする。認知症のためミスが多くなり経営が傾きかけた時、従業員を守るため雇用継続の約束を取り付けて会社を売却したことや、毎日テッポウユリを町子が入る墓から見える丘に植え続けたことなどを知らされ、病室では美花の顔を見て町子と呟く悟を見るのだった。過去の町子との会話、親子三人で車に乗っているときの思い出、町子の誕生日に悟のサプライズで町子が倒れたことなどが思い出された。しかし一方で、夜帰って来た悟から知らない女性の匂いがしたこと、町子が倒れた時連絡してもつながらなかったことなども思い出された。そして母の遺品から日記を見つけ、出会いから結婚までを読み、思い出を再現するように、町子の着ていた青いドレスで病院へ向かい、ビーチでの着替えを再現し、会社での結婚式を再現し、そしてテッポウユリの中で「かなさんどー」を唄う。悟は町子を思い出しながら息を引き取るのだった。

2025/02/03

2025/03/17

60点

映画館/沖縄県/シネマQ 


照屋年之監督の今後に期待する

前作「洗骨」でも感じたことではあるけれど、照屋年之監督はきちんとした映画を撮るという印象が残る。
1970年代の日本映画の落ち込み方はひどく、各映画会社専属の俳優・スタッフをリストラせざるを得ないほど興行収益がよくなった。そのために映画創りの手法が後続に伝承されなくなった。そこで撮影所育ちでない外部から来た監督が乗り込んでいった。この外部から来た監督は予定調和や起承転結という定型を学んでいないため、意外な話運び、独特の演出をしていてこれまでにない作品を生み出してこれが新鮮であり、話の展開の予想がつかないところが面白くあった。

だが、これに失敗すると緊張感の乏しいだらけた映画にもなってしまう。予定調和や起承転結の定型は、観客が映画を観てそこにエモーショナルな感情を抱くにはどうしたらいいかという手法があるのである。外部から来た監督は新鮮さや閉そく感のある日本映画を打破する力があるが、大多数の観客の心をつかめない。マニア受けはするけれど。

芸人であり映画監督と言えば北野武をすぐに思い出す。北野監督は作家性の強い作品を創るが、照屋監督は映画全盛期の大半を占めた商業映画、娯楽映画を創る。照屋監督の作品には作家性は感じられず、ウェルメイドな小品を製作するという感じだ。

今では娯楽映画でも社会的なテーマ、人間とはなにか、自分は何者かといった哲学的なテーマを盛り込んで重くなり、見終わった後に重い気持ちが残る。
純粋に笑って泣いてという単純明快な映画がいつの間にか今では少なくなった。私も映画間で後味の悪い映画を映画館で観た後、口直しにサブスクやレンタルで昔の単純な娯楽で気分を良くしたりする。

照屋監督の映画はそういった職人監督が量産していった娯楽映画というところだろう。他人の感想をネットで見てみれば、感動した、という意見も多く、これはこれで良いのだろう。監督にはこれからもそういった映画を創ることを期待する。

だが映画好きとなるとそれだけでは物足りない。その他に何かが欲しい。それが作家性というところで、この映画を創ったという烙印が欲しいなあと思う。中退はしたものの日本大学藝術学部映画学科演技コースの出である。
きちんとした作品になるのもここらへんが影響しているのかもしれない。今の大多数の映画監督が撮影所の助監督や脚本を書いて監督になるという経験をしていない。
映画学科だって撮影所育ちとは違うさ、とは思うものの、少なくとも定型は学んでいるのではないか。

そんな芸人+映画監督として北野監督との差別化はあるわけで、作品を数こなしたらウェルメイドな娯楽映画の出現も期待できる。まあ照屋監督は人情喜劇として山田洋次監督のポジションを目標にしてもらいたいものだ。ハードルが高すぎるかな。

2025/02/25

2025/03/07

92点

映画館/東京都/アップリンク吉祥寺 


舞台、人物、笑い、涙、最後の回収、全ていい。

途中から、涙が止まらなく、最後まで流れ続けた。コンパクトに完成度高く、素朴に描け、役者も演じている。沖縄には、何か人のソウルがある気もした。