驚いた。観たことがない、こんなに“うんこ”が前面に打ち出された作品は。モノクロにした一番の理由は、うんこ塗れの画面によるものが大きい。しかし、それでなくても内容的に、時代的にもモノクロスタンダードが相応しい。
現代では、排泄物は水で流されてしまうので、それを我々は直接目にしないでも処理されてしまう。しかし、私の幼少期はまだ汲み取り式の便所で、汚物は衛生車が来るまで、トイレの底に溜められていたわけだ。僅か5、60年前の話だ。以来、すっかりうんこ話はタブーにされていた。しかし、現実から目を逸らせてはいけない。今まで画面上隠されていたものを観客に突きつけ、これこそ人間の生き様とばかりに見せつける。実力派の阪本順治監督だからこそ、通った企画なのだろう。
時代は江戸末期。大雨が降ると、長屋の厠からは排泄物が道まで溢れる。待てよ、現代社会でも、大災害が発生すると、避難所のトイレは似たような状態に陥るではないか。トイレ問題は、やはり隠しておくわけにはいかない。それを処理する人が、必要だ。江戸時代には汚穢(おわい)屋と呼ばれる人たちがいた。汚物を扱う彼らは社会の底辺に位置付けられ、差別を受けている。
中次(寛一郎)と矢亮(池松壮亮)は、屈辱に耐えながらも、生きていくためにこの仕事を選ばざるを得ない。物語は、このうんこの世界にあっても、存在する美しき愛情を描いていく。文字通り、うんこ塗れの愛だ。
おきく(黒木華)は武家の娘で、気位が高かったが、死地を乗り越えてから、その世界観が大きく変わったようだ。声が出せなくなり、周囲の思いやりに目が覚める。演じる黒木華が、当然だが素晴らしい。勝気な娘の素振り、奈落に突き落とされた失意、自分の書いた文字で悶絶する可愛らしさ、周囲の温かさを受け入れ、新たな一歩を進もうとする決意、そして中次への愛情表現。モノクロのくそ塗れでも、その姿は美しく輝いて見える。
章仕立てで語られる物語。規則的に表れるカラーのカットは、何を意味するのか。そして『せかいのおきく』というタイトルが、実に良い。
2023年キネマ旬報ベストテン第1位。