鑑賞録

鑑賞日 2017/03/27
登録日 2017/03/28
鑑賞方法 選択しない 
鑑賞費用 0円
誰と観た 選択しない
3D/字幕 -/字幕
メモ

怒りという快楽

怒りという感情は快感である。何かや誰かに対して怒りの感情を抱くこと、それはつまり義憤に燃えるということ。自分の正当性を高らかに宣言するということである。自分が正しい、相手が間違っている。盲目的に自分で自分を肯定することを許してしまうのが怒りという感情だ。 なので多くの人はすべからく、怒りをぶつけるに足る悪の存在を求めている。主人公ルーカスはその矛先を突きつけられた。村の人々は正しさという大義を掲げ、ルーカスを攻撃し迫害する。自らの正当性に酔いしれ、真実に意識を向けることをしない。子供は純粋だから嘘をつかない、教育に携わる人間ならそんなことはあり得ないと百も承知のはずだ。カウンセラーの男は、結論ありきの誘導尋問をクララに仕掛ける。 ルーカスもまた自分の正しさを拠り所に足掻き続ける。しかし怒りに自分の判断を曇らせようとせず、結果誰よりも苦しい戦いを強いられてしまう。北欧の至宝マッツ・ミケルセンの顔が痛々しいまでにやつれていく。果たしてどちらに利があるかなど、観ている私達からしたら一目瞭然だ。しかし、閉鎖的な村社会ではマジョリティに抗うことは不可能に近い。 他人を疑うのは信じるよりもよほど簡単だ。ルーカス自身もまた疑心暗鬼に囚われてしまった事の悲しさが、我々の胸を支配する。