サタンタンゴ

さたんたんご|SÁTÁNTANGÓ|SATAN'S TANGO

サタンタンゴ

レビューの数

19

平均評点

81.4(53人)

観たひと

78

観たいひと

41

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル ドラマ
製作国 ハンガリー=ドイツ=スイス
製作年 1994
公開年月日 2019/9/13
上映時間 438分
製作会社
配給 ビターズ・エンド
レイティング
カラー モノクロ/ビスタ
アスペクト比 ヨーロピアン・ビスタ(1:1.66)
上映フォーマット
メディアタイプ
音声

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

場面 ▼ もっと見る▲ 閉じる

予告編 ▲ 閉じる▼ もっと見る

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

「ニーチェの馬」のタル・ベーラ監督による7時間18分の大作が、製作から25年を経て初の劇場公開。ハンガリーのある村。降り続く雨と泥に覆われ、活気のないこの村に死んだはずの男イリミアーシュが帰ってくる。村人たちは、そんな彼の帰還に惑わされてゆく。タンゴのステップ<6歩前に、6歩後へ>に呼応した12章が、全編約150カットという驚異的な長回しで詩的かつ鮮烈に描かれる。脚本は、原作者であるクラスナホルカイ・ラースローとタル・ベーラ。35ミリフィルムにこだわり続けてきたタル・ベーラが初めて許可した4Kデジタル・レストア版での上映。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

経済的に行き詰まり、終末的な様相を纏っているハンガリーのある田舎町。シュミットは、クラーネルと組んで村人たちの貯金を持ち逃げする計画を女房に話して聞かせる。盗み聞きしていたフタキは、自分も話に乗ることを思いつくが、その時、家のドアを叩く音が。やって来た女は「1年半前に死んだはずのイリミアーシュが帰って来た」と信じがたいことを言う。イリミアーシュが帰って来ると聞いた村人たちは、酒場で議論を始めるが、いつの間にか酒宴となり、夜は更けていく……。その翌日、イリミアーシュ(ヴィーグ・ミハーイ)が村に帰って来る。そんな彼の帰還に惑わされる村人たち。果たしてイリミアーシュは救世主なのか、それとも……。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2019年11月上旬号

読者の映画評:「サタンタンゴ」布やハサミ/「ガーンジー島の読書会の秘密」松本ひろみ/「初恋ロスタイム」保坂朱美

2019年9月下旬特別号

「サタンタンゴ」:作品評

「サタンタンゴ」:解説

UPCOMING 新作紹介:「サタンタンゴ 4Kデジタル・レストア版」

2019/11/10

2019/11/12

90点

映画館/福岡県/KBCシネマ 
字幕


貴重な映像体験

キリスト教とハンガリーの内政について明るければもっと深い理解が可能だったはず。死んだはずのイリミアーシュが突然村に姿を現し、経済的に困窮する村人たちに集団農場の話を持ち掛けるあたりの救世主的イメージはそのままキリストにシンクロしていく。

興味深かったのはその直後のイリミアーシュの行動。
村人たちから1人当たり一年分の稼ぎを必要資金として徴収した彼は村の娼婦に金を使う。この罪深さはそのまま監督のイエスに対する懐疑心なのだろうか。このイリミアーシュのレポートを基に二人の警官が村人たちの身上書を作り上げるエピソードがあるが、その内容ときたら愚にもつかない薄っぺらな罵詈雑言の羅列であった。
イリミアーシュを復活したキリストと捉えるなら、彼の言動はあまりに破滅的ではないか。

特に印象に残った場面をひとつ。
雨に打たれながら車の荷台に乗り、廃墟に辿り着いた村人たちがその夜、車座になって雑魚寝する。その頭上からカメラが一人一人の過去の過ち、あるいは今見ているであろう悪夢をナレーションで表現するのである。この長回しは圧巻であった。新天地に希望を求めてやってきた人間でも胸のうちは醜悪でドロドロした原罪がうごめいている。そんな感覚を覚えた。

一度だけで全てを掌握することは土台無理。
手元のチラシには”「サタンタンゴ」は心の中で反芻し続けることのできる、真の映画体験である。というマーティン・スコセッシのコメントが載っている。まさしく我が意を得たり。本作は反芻することでのみ理解可能な作品である。

2019/11/10

2019/11/10

60点

映画館/千葉県/キネマ旬報シアター(旧TKPシアター柏) 
字幕


キネ旬九十年代外国映画ベストテン百八位

最初の休憩まで我慢して観ていると、長回しのテンポに慣れて映画を楽しめるようになる。要は監督のフォーマットがわかれば良いだけの話。
そして、七時間を映画の時間に身を任せれば良い。モノクロの画面の心地よいこと。
冒頭の牛をおう長回しから、その画面のコントロールに脱帽。牛も馬も猫も動物の演技がすごい。
酒場の酔っぱらいの長回しは、笑ってしまう。
そして、音。
こんな作品を作れる力業は凄い。

2019/11/09

2019/11/09

64点

映画館/千葉県/キネマ旬報シアター(旧TKPシアター柏) 


SATANTANGO

7時間超、休憩2回を含め8時間弱の中で総てが起こり、そして総てが幻と消えていく。その早大な長さは、歴史の狭間に消えていった名もない民衆への哀悼。が、それが映像表現の必然となっているかというと、うーん。しかし間違い無く怪作です。

2019/11/09

2019/11/09

85点

映画館/千葉県/キネマ旬報シアター(旧TKPシアター柏) 


「やつらがやってくるという知らせ」:報酬の山分け相談
「我々は復活する」:イリミアージュの登場と出頭
「何かを知るということ」:ドクターの酒の買い出し
<休憩>
「蜘蛛の仕事その1」「ほころびる」:少女と猫の格闘
「蜘蛛の仕事その2(悪魔のオッパイ、悪魔のタンゴ)」:酒場にて
<休憩>
「イリミアージュが演説をする」:少女の葬儀で荘園計画
「正面からの眺望」:荘園計画に出発
「天国に行く?悪魔にうなされる?」:トンズラ
「裏からの眺望」:計画の延期発表
「悩みと仕事ばかり」:調書作り
「輪は閉じる」:そして誰もいなくなった

少女を横糸に村人達の運命を描き出す。
雨と風と音楽が効果的。
カメラの長回しにより人物・背景の物語を観客自身に想像させる効果があることを考える時間がある。これは新鮮な体験だった。
吉田秀和は、生涯何度も聞かなくても「マタイ受難曲」を西洋音楽の最高峰だ、と評したが、本作を鑑賞完走した今は自分もそんな気分です。
直後はまた観たいと思った作品だけど、生涯何度も観ないだろう。それでもいいマタイ的作品。

2019/11/09

2019/11/09

80点

映画館/千葉県/キネマ旬報シアター(旧TKPシアター柏) 


単純にいうとマジで長い。

長い、本当に長い。
最初から単調な映像と音。
正直、心地良過ぎて眠くなってしまった。。

最後まで観ると
カメラワークがすごいなと思う。
定点での撮影が多く、
カメラが寄るんじゃなくて
役者が寄るという感じ。
鑑賞者がカメラになっている感覚もある。

内容は難しいです。
でも、何となく最後には
人間の色んな面を表現してるのかなと
感じれた。

とりあえず、
冷えピタでもオデコに貼って
観た方が目が冴えていいかも。
長期戦をどう戦うか考えて観るべし!

2019/10/16

2019/11/03

60点

映画館/愛知県/シネマテーク 


肌に合わぬ、相性の悪い作品

❶マッチング:消化不良。

➋ハンガリーのタル(姓)・ベーラ(名)〔英語表記はBéla Tarr]監督による1994年度作品で、4年の歳月をかけて完成させた正味7時間18分の大長編。途中で15分の休憩が2回あるので、拘束時間は8時間弱。日本では今回が劇場初公開。

➌料金は均一で当日3,900円、前売り3,600(クリアファイル付き)。会員のポイントは3本分の3点となる。

❹公開版は、オリジナルの35㎜ネガから4Kデジタルに修復されたもので、本年初、タル・ベーラ自身の監修の下、「Hungarian Filmlab 」と「Arbelos Films (US)」との協力により行われた。(A Flat-Out Masterpiece: Restored Sátántangó Debuts at the Berlinale : 01 February 2019)。

❺本作の舞台はハンガリーの或る田舎町。
時代は示されないが、経済的に行き詰まり、終末的な様相を纏っているとあるので、下記の何れかがモデルになっているのではないかと考えられる。
①スターリンの影響でソ連型社会主義を目指していた経済政策が失敗し、労働者の生活水準が大きく低下して不満が高まり、ソ連の権威と支配に対する民衆による全国規模の蜂起、ハンガリー動乱(1956)に至る直前か? 
②あるいは、東欧における共産党独裁の限界が明らかとなり、ハンガリー民主化運動が開始され、ハンガリー第三共和国が成立する1989年の直前か?

❻物語は、死んだはずの男イリミアーシュが戻ってきたことで村に起こる不穏な出来事が、タンゴのステップ(6歩前に、6歩後へ)に呼応した12章構成で描かれる。イリミアーシュが帰ってくるまでの前6章と、帰って来てからの後6章である。
①第1章:やつらがやってくるという知らせ
②第2章:我々は復活する
③第3章:何かを知ること
④第4章:蜘蛛の仕事 その1
⑤第5章:ほころびる
⑥第6章:蜘蛛の仕事 その2(悪魔のオッパイ 悪魔のタンゴ)
⑦第7章:イルミアーシュが演説をする
⑧第8章:正面からの眺望
⑨第9章:天国に行く?悪夢にうなされる?
⑩第10章:裏からの眺望
⑪第11章:悩みと仕事ばかり
⑫第12章:輪は閉じる

❼冒頭は、農村の牛たちを遠くから映すシーンから始まる。カットなしの長回しで、全くブレのない安定した映像で、ゆっくり水平移動していく。おそらく、レールを敷いて、その上の台車にカメラを固定して、移動させながら撮影したものと思われる。バラバラだった牛たちがまとまって同じ方向に歩き出す。牛の次には農家となる。馬や豚やアヒルや鶏の姿も見える。

❽10分前後はあると思われる超長いイントロに引き続いてセリフがある第1章に入る。
まずナレーションが入る。「雨季が来て畔が泥沼になり、町と隔絶される。街からの音は聞こえるはずもない」。
秋の長雨が始まると冬まで孤立してしまう経済的に破綻した村で、住人の楽しみは酒とセックス。その長雨の最初の日の朝。シュミットはクラーネルと組んで村人たちの貯金を持ち逃げする計画を企てていた。その話をシュミットが彼の妻に話しているところを盗み聞きしたフタキは、自分も加わりたいと思う。そこに、1年半前に死んだはずのイリミアーシュが帰ってきたとのニュースが飛び込んでくる。騒動の始まりである。

❾その後は、イリミアーシュによってもたらされた不条理な出来事により、村人たちが翻弄され、村社会が崩壊していく様を、長回しで、じっくり描いた内容になっている。

❿過去のタル・ベーラ作品(注1)と同様に具体的な説明は一切ないので、我々観客は、登場人物のセリフと描かれた映像から状況を組み立てなけらばならない。イメージ派の観客にとっては、想像力・創造力を自由に発揮出来る素敵な作品かも知れないが、ロジック派の小生にとっては苦手な範疇である。
(注1)日本で公開されたタル・ベーラ作品のマイ評価:
①『倫敦から来た男(2007)』 公開年月日:2009/12/12。鑑賞日:2010/04/15/NCT/4C★★(40点)
②『ニーチェの馬(2011)』 公開年月日:2012/2/11。鑑賞日:2012/03/31/NCT/4C★★★★(80点)

⓫本作も、小生にとっては、肌に合わぬ、相性の悪い作品だった。
呼び物の長回しも、無駄を重ねているように思えて、その価値が理解出来なかった。
表面的なあらすじは理解出来ても、作品に込められている本筋が理解出来なかった。

⓬ハンガリーの人名表記について
①日本では人名は「姓―名」の順で表記する。
一方、英語圏等欧米向には現地のルールに従い「名―姓」の順に(英語等現地語で)表記する。
欧米の人名をカナ表示する場合は現地と同様「名―姓」の順にする。
このルールにより人は外国人であっても姓名の判別が可能となっている。
②欧米で唯一日本式人名表記を行っている国がある。それがハンガリーだ。
ハンガリーでは人名は日本と同様、国内では「姓―名」の順、外国向けには「名―姓」の順に表記する。
小生はハンガリーに行ったことはなく、ハンガリー人の知人もいないが、以前小生と同じ職場にハンガリー留学経験者(日本人では極めて珍しい)がいて、直接彼女に確認することが出来たのだ。
③本作のタル・ベーラは「タルが姓」で、「ベーラが名」なので、ハンガリー国内では「タル・ベーラ」、外国向けには「ベーラ・タル」と表記している。欧米では「Bela Tarr」と表記されている。
④日本のルールに従うなら「タル・ベーラ」ではなく「ベーラ・タル」と表記すべきなのだが、日本語のパンフ、オフィシャル・サイト、映画評論家の解説等々、メディア情報等の殆どが「タル・ベーラ」となっていて、なおかつ姓名の説明をしていない。これでは事情を知らない人は、「タルが名」で、「ベーラが姓」だと誤解してしまう。
⑤歴史的には、日本で最初にタル・ベーラ作品を紹介したのは1984年のPFFで、作品は『秋の暦(1984ハンガリー)Öszi almanach』。当時、ハンガリー大使館の全面的な協力のもと、プリントの手配や、カタログの製作などが進められ、名前も、大使館に相談して、日本語読みを「タル・ベーラ」決定したという経緯がある。