サタンタンゴ

さたんたんご|SÁTÁNTANGÓ|SATAN'S TANGO

サタンタンゴ

レビューの数

27

平均評点

81.7(75人)

観たひと

102

観たいひと

49

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル ドラマ
製作国 ハンガリー=ドイツ=スイス
製作年 1994
公開年月日 2019/9/13
上映時間 438分
製作会社
配給 ビターズ・エンド
レイティング
カラー モノクロ/ビスタ
アスペクト比 ヨーロピアン・ビスタ(1:1.66)
上映フォーマット
メディアタイプ
音声

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

場面 ▼ もっと見る▲ 閉じる

予告編 ▲ 閉じる▼ もっと見る

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

「ニーチェの馬」のタル・ベーラ監督による7時間18分の大作が、製作から25年を経て初の劇場公開。ハンガリーのある村。降り続く雨と泥に覆われ、活気のないこの村に死んだはずの男イリミアーシュが帰ってくる。村人たちは、そんな彼の帰還に惑わされてゆく。タンゴのステップ<6歩前に、6歩後へ>に呼応した12章が、全編約150カットという驚異的な長回しで詩的かつ鮮烈に描かれる。脚本は、原作者であるクラスナホルカイ・ラースローとタル・ベーラ。35ミリフィルムにこだわり続けてきたタル・ベーラが初めて許可した4Kデジタル・レストア版での上映。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

経済的に行き詰まり、終末的な様相を纏っているハンガリーのある田舎町。シュミットは、クラーネルと組んで村人たちの貯金を持ち逃げする計画を女房に話して聞かせる。盗み聞きしていたフタキは、自分も話に乗ることを思いつくが、その時、家のドアを叩く音が。やって来た女は「1年半前に死んだはずのイリミアーシュが帰って来た」と信じがたいことを言う。イリミアーシュが帰って来ると聞いた村人たちは、酒場で議論を始めるが、いつの間にか酒宴となり、夜は更けていく……。その翌日、イリミアーシュ(ヴィーグ・ミハーイ)が村に帰って来る。そんな彼の帰還に惑わされる村人たち。果たしてイリミアーシュは救世主なのか、それとも……。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2019年12月下旬号

読者の映画評:「サタンタンゴ」岩永芳人/「トールキン 旅のはじまり」松本ひろみ/「ジョーカー」越村裕司

2019年11月上旬号

読者の映画評:「サタンタンゴ」布やハサミ/「ガーンジー島の読書会の秘密」松本ひろみ/「初恋ロスタイム」保坂朱美

2019年9月下旬特別号

「サタンタンゴ」:作品評

「サタンタンゴ」:解説

UPCOMING 新作紹介:「サタンタンゴ 4Kデジタル・レストア版」

2019/09/27

2020/04/21

90点

映画館/東京都/シアター・イメージフォーラム 
字幕


救世主がやって来る。 悪魔のささやきが聞こえる。

1989年ハンガリーのある村
社会主義国家ハンガリー解体寸前

降り続く雨のなか、ぬかるんだ道を目的地まで、果てしなく歩き続ける。

絶望することさえ忘れてしまった人々の、永遠に覚めない悪夢のような物語—。

殺伐とした風景に阻害された人々。
普遍的な阻害された世界。

タンゴのステップ(6歩前に、6歩後へ)
〈永幼回帰〉ニーチェ

2019/09/22

2020/04/01

75点

映画館/東京都/シアター・イメージフォーラム 
字幕


1カット平均約3分弱。確かに長回し

「ニーチェの馬」で映画監督引退を表明したハンガリーのタル・ベーラが1994年に発表した「サタンタンゴ」、日本で初めて一般公開されたので勇んで足を運びました。この映画の7時間18分という上映時間ばかり語られていますが、リヴェット「アウト・ワン」の13時間を体験した身には特に感慨はありません。
そもそも映画の上映時間には、1分で作者が良しとするものがあれば、13時間を費やすものもあるということなのですから、確かに尻の痛みとして肉体的に感知する“長さの実感”はあるものの、例えば80分の映画でも体感的に耐え難く長いものに思えるものもある訳ですから、映画の長さについて、わたくしたち観客は所与のものとして受け入れるほかありません。しかしながら、観た後でその長さを批判することは自由なのであって、80分の映画に対して“長過ぎる。あと20分はカットせよ”と言うことも、7時間18分の映画に対して“これでは言いたいことが伝わらぬ。あと2時間足せ”と言うことも可能です。
「サタンタンゴ」の場合、並の映画3本分に匹敵する上映時間に見合った映画体験としての充実を、わたくしにもたらしてくれたのかと言えば、半ばそうだが半ばは違うという、まあ曖昧なことを呟くばかりです。時折見せるショットの冴えは、「ニーチェの馬」に匹敵すると思う一方、物語には説得されませんでした。
ネットの映画紹介サイトでの「サタンタンゴ」の解説文には、全カット数が約150と書いてあったので、映画を観ながら数えてみたら、必ずしも正確ではないかも知れないものの、153カットありました。438分の映画ですから、1カット平均約3分弱。確かに長回しです。

2020/02/17

2020/02/18

-点

映画館 
字幕


永久運動の虚無の中で

ネタバレ

 全編に浸透する救いがたいニヒリズム、とはいえ村人たちはそれぞれにその牢獄から抜け出すための方策を、淡い期待とともに持っている。それをも打ち砕く顔の見えぬビューロクラシーはカフカ的装いで底が知れない。すべてが非人間的な機械仕掛けの産物のようにも見える、社会的永久機関は何事もなかったかのようにサイクルを繰り返し、出口を一向に示さない。それでも作中、二人だけがそこから外れることに成功している。ただしその成功は幸福を必ずしも意味しないのだ。
 迷宮の物語である。
 村人たちに選択の余地はあったようで、ない。ほとんどニヒリズムに首まで浸かった彼らは、それでも自らの罪を自覚できるほどには人間性が残ってしまっていた。それを利用されることになるのだ。彼らを愚かと呼ぶこともできるが、蜘蛛の巣はあまりにも巧みに獲物を取り込む。その中心となるイリミアーシュは救世主の役を演じさせられた使い走りに過ぎず、その奥に潜む警官も官僚の一人でしかない。全貌の見えぬ巨大な蜘蛛の意思。
 自らの罪に無垢ゆえに敏感過ぎた少女と、絶望に苛まれながらそれでもプライドを捨てられなかった酔いどれ知識人だけが、その意思からこぼれた。
 我々にはこの方法しか残されていないのだろうか。この世の光からあえて自らを遠ざけるという。この作品の長回しは、物語の時間と我々の時間を同調させる効果があり、否応なく我々も村人の一人となる。はたして道は見つかるだろうか。
 ほんのわずかに希望はあるかもしれない。語られなかった部分、イリミアーシュが欲しがっていた爆薬、フタキの行く末、の中に。それともそんなものに意味はないのか。救世主の次にはトルコ軍が来るかもしれないこの世界に。六歩前に出て、六歩下がれば、再び同じ場所。永遠に終わることのない、そして何の意義も持たない、無益な悪魔の踊り。我々の生きるこの世。

2020/02/01

2020/02/10

85点

映画館/東京都/アップリンク吉祥寺 
字幕


素晴らしい映像

エリセやアンゲロプロスを思わせる、ということは私向けの映画監督で、これまで知らなかったことを恥ずかしく思う。極度のストレスにさらされると判断力を失っていく現象は、阿部謹也「ハーメルンの笛吹き」を思わせる。

2019/12/31

2019/12/31

78点

映画館/東京都/アップリンク吉祥寺 
字幕


長い映画オタクを自認する私だが、さすがに7時間18分はきつい。インターミッションは2回、特に2回目は30分あるので、そこでかなりの疲労がどっときた。最初から最後まで集中力を切らさぬ、とまではいかなかったものの、ものすごい精神力を削って映画を鑑賞したことが分かる。
まずはその、どこを、何分何秒の部分を写真にしたとしても全て構図が完璧に決まっている、という映像の圧倒的な美しさ。それにも関わらず、驚異の長回し。どんだけ長回しなんだってくらい長い。それなのに一切画面が弛緩しないのだ。ここまで映画を「完璧だ」と思わせる映像は初めて観たと思う。
物語は...難解というより、何度も同じ時間軸を別の視点から繰り返してみせ、特に前半4時間ちょいは、それだけの時間をかけて、結局時間軸では1日の経過なので、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の前半くらい怠い。大審問官の辺りくらい怠い。冒頭の牛で不安に駆られてから、「いけそう」「怠い」の繰り返しなのだが、それでも不思議と目が離せない。
前半に比べれば、後半は約3時間に前半の倍の6章分詰めてあるので、多少の動きがある(実際後半が短いのかもしれないが)。救世主かペテン師か...いや私には何をどう見たってペテン師のアレにしか見えないのだが...と思いながらも、突き放したように見つめる時間。
最後の章で「えっ」と「ああ...」が自分の中で交錯した。
少女と猫の、ある種静かな狂気の光景が頭から離れない。彼女の目。正面から見るより圧倒的に大人びて寂寥感溢れる横顔。
あとダンスのシーンの長回し、こっちの頭がどうにかなりそうな光景だった...。頭にチーズロール...。
あと、お昼をろくに食べずに飲みものだけで耐えたので豆スープ(豚足入り)がめっちゃ食べたくなった。
一度観ると圧倒されて、色々考えたり調べたりしたくなる。知りたくなるけれども、もういちど観ますかと聞かれたらさすがに躊躇う。それくらい心身を持っていかれる映画体験であった。
そして鑑賞後、パンフレットの解説を読んで「そんな話だったの?! 」と案の定なっている私がいたので、パンフレットは読むといいと思う。

2019/11/01

2019/12/03

70点

映画館/沖縄県/桜坂劇場ホール 
字幕


最後まで観ることができたという充実感はある

7時間18分。
恐ろしく長い。こんな長時間、いくら出来が良くても、椅子に長時間座っていて集中力が持続できない。だから終わりの方では画面を凝視する力は失われる。観客の体力、生理などを無視したという点ではアート映画と言えるかもしれんが、そんな楽しめない映画に3800円も払って観るなんて。なんで作家の自己満足に客の俺が我慢して通常より高い料金払って我慢して観なきゃならないんだ。

ということを考えたものの、こういう映画は普段なら地方では上映されないことが多いだろう。だが、今回めでたく我が沖縄でも上映されることになった。そんな映画を上映してくださってありがとうと言いたい。

こんなに長い映画、滅多にあるものではない。映画好きとしてはこういう映画を観るのも一興だし、この体験も無駄ではないだろう。

というわけで観た。社会主義国家として崩壊寸前のハンガリーで、権力者が平民から利益を搾取するという構図を戯画化したもので、観る前の印象からは難解な映画というわけでもない。社会主義、共産主義国家を風刺しているものだというのは判る。

それにこの長時間というのに、ブレのない安定したカメラがゆっくりパンするし、話の展開も恐ろしくユルイ。なのにダレるところがない。
危惧していた最後まで観たらくたびれるのではないか、という心配も杞憂であった。
こんなに長く観ていたのに、映画が終わるころにはあ、もう終わるのかと思った。これは驚きだった。タル・ベーラ監督恐るべし。

牛が数頭ゆっくりと右から左へ歩いていくスローテンポ、逆に数頭の馬が疾走する場面、びゅうびゅう吹き荒れる村の荒れた土地はまるで地球とは別の星のような異世界空間、SF映画的でもある。
そういえば、この映画のスローテンポは、アンドレイ・タルコフスキーに似ているようにも思う。この異空間みたいな風景は「ストーカー」を連想させられる。

が、タルコフスキーの映画は極めて退屈だ。しかし本作は魅力にあふれている。特撮も使わずに悪夢のような光景を見せる腕前も相当なものと感じる。

そして本当は9時間あるという「愚かなる妻」、もう全長版は無いかもしれないが、もし映画館で上映されることがあれば、観たいと思う。7時間という長さも案外苦痛でないと知ったからには。
ひとつ気になるのは、自分の金を巻き上げられた少女が猫を虐待する場面。猫が抵抗しないのが不思議だった。もしかしたら猫になんらかのクスリを投入したのではないか。もしそうなら、これがハリウッド映画なら問題視されることになるのだが、果たしてそうなのか?